沈黙

死神に取り憑かれた何か

幸せとは

結論からいうと、自分がそれっぽいものを感じている時に、勇気を出してそれを認められること、その喜びを裏切るような辛い出来事が未来に待ち構えているかもしれない…という不安に打ち勝ち、その瞬間の己の持ってるものや感じていることに素直に気づくことができるかどうかだと思った。

Aはなんでも話せる親友をもっていて、休日に遊ぶ恋人もできた、仕事の疲れを癒してくれるような楽しい休日を過ごすこともできる。家族にも、"親友や恋人との楽しい一面"を見せることが出来る。そんなAが「辛い」「死にたい」とSNSで零している。

その一方でBは、学生時代から学校に馴染むことが出来ず、親友は疎か友達も出来なかった。社会人になっても人と上手に関われない。自分と同じような境遇の人とSNSでフォローしあい、呼吸を震わせながらなんとか生きている。

Bがある時自分とAを比較し、Aを妬むのだった。

「贅沢な人だ。Aは充分恵まれてるではないか。親友も恋人もいるのに辛いだって?少しは環境に恵まれているという有難味に気づいたらどうだ!」

しかし時間が経って

「周囲にある幸せに気づけないなんて…可哀想なA」

と同情した。

そんなBに「社会人になれたというのに何を言ってるんだ。友達がいないと言い張るくせにSNSには友達がいるなんて!」と、いうCがいる。

社会人にもなれず、SNSにも友達がいないCから見たら、AもBも同じように、幸せに気づけない人なんだ。

無論「親友」や「恋人」という、一般的にプラスの印象であるそれらの単語に対する価値観は人によって異なるので「親友も恋人も持っている人はみんな絶対に幸せ!」なんてことはない。

「美味しいものが食べられる」でも、「暖かい布団で眠る」でもなんでもいい。

上を見るより、下を見る方が楽なように、身の回りの小さな不幸を嘆くことは簡単だ。

幸せは、無理に笑顔でいることでも、辛さに目を瞑る事でもない。

幸せに気づくには自分の気持ちにしっかり気づく、素直になる、勇気と強固なメンタルが必要だと思ったりした。

感情の起伏が激しすぎるのは自覚症状で、メンタルが弱ってる時はいつもこう。

他人の些細な言動一つが、私の無意識的な脳内変換によって黒く大きくなっていく。

自分の存在を全否定された気持ちになり、瞬時に周囲の人間の視線が一気に刺さるのを感じる。

その瞬間から私の外見は痛々しいまま。

いつも通りの帰路。

いつもと同じ景色に馴染めない日は少し遠回りをして帰りたくなる。

家の玄関のドアを開けると同時に、自分の中にある重くなった何かがふっと軽くなる。

部屋に入り、被っていた着ぐるみを捨て、一息つく。

涙を流しながら布団に顔を埋め、"黒く染った今日"という一日を振り返り、無理矢理 価値を見出す必要なんて本当はない。

ただ壊れそうなものを癒すために、思うがままに暴れ回ることが許してもらえる唯一の時間に。

こんなにも貴重な時間をどうして、あの忌々しいワンシーンのために無駄にしてしまうのだろうか。

私の中の何がそうさせているのだろうか。

着ぐるみの下に、さらに仮装でもしているのだろうか。

未熟な頭でいくら考えても、私の世界にまだ答えはなかった。

誰もが、自分が一番正しく美しく可愛くありたがってる。

誰もが、自分に向けられる視線を気にしながら生きている。

いつのまにか懲り固まった表情、自尊心。

時には相手への、時には自分を殺す凶器になる。

承認欲求と自己嫌悪

自己顕示と自己韜晦

相反するように見えて同時に存在する、誰にでもよくある矛盾。

自ら育てた自尊心に自ら傷つき、その悪魔のようなプライドに殺されかけてることにも気づかないまま歳を経る。

感情を持つ生き物は厄介だ。面倒臭い。

感情をもつのは自分だけでいい。

自分の感情が全てでいい。

他人に感情などない。

他人なんて存在しない。

そもそも他人など、私の目にしか映らない、私という人間が作り出した幻想。

私が私の姿を見ることが出来ないように。

私は私だけの世界を生きる。

 

 

夜郎自大

幼少期、ここは平面世界で、私の目に映る人間には魂というものが入っておらず、全部が私の知覚的な幻想のようで、私以外の生き物は、きっと意識も感情ももたない、ただ動くだけのゾンビなんだと思っていた。特に私と全く異なる境遇にいるゾンビは、私を惑わすために存在する悪魔に見えた。時には家族ですらそのように見えた。私の意識、経験が全てで、私は私一人だけ特別な人間だと思っていた。プレイヤーが幼い頃は、このゲームを私なりに楽しめた。

行ったことのない場所で起きた交通事故のニュースを見たり、遠くで吠える犬の鳴き声を聞く度、「これらは全部私のために起こっている」と信じて疑わなかった。近所のよく食べに行っていた飲食店が潰れた時も、きっとここで働いていた従業員や他の客は誰一人困らない、ショックを受けるのはいつも私だけだと思っていた。

小1の秋、庭の木陰でカマキリが交尾をしているのを見た。触覚を動かし何かコミュニケーションをとった後、雄が雌の上に乗り、雌が体を揺らしながらお腹を動かしていた。私はその静かなやりとりに終始見蕩れていた。すると雄がそのお腹を後脚で叩くような仕草をしていた。その様子を見て、「これは雌に'頑張れ'といって励ましているんだね」と私の解釈を近くにいた父親に話した。父親はそんな私を「よく知ってるね」と褒めた。

大人向けのクイズ番組を見ていて、勘で答えた問題がたまたま正解した時も、異常なほど褒められた。

祖父も、私が描いたそれほど似ていない何かのアニメキャラクターの絵を「とても上手い」と褒めてくれた。幼稚園で痛い目に遭うことが多かったため、私は祖父とのごっこ遊びでストレスを解消していた。それでも祖父は私の行動を何一つ否定しなかった。

小学校低学年くらいだったと思う。この世には天才と呼ばれる人間がいることを知った。天才は何もしなくても褒められる人間だと勝手に思っていた私は、「私はきっと天才だ」と決めつけ、驕り高ぶっていた。

学習面では周りよりも九九を覚えるのが早かったり、他のクラスメイトよりも昆虫の名前を少し知っていたりした。大して力を入れなかった硬筆や、テキトーに描いた絵が表彰された時も、私は運がよい、何をしても成功する、"才能"があると過信していた。

それを恨む人間が現れても、クラスメイトに痛いことをされても、親にその旨を連絡帳に書いてもらい、担任に提出すれば、担任が彼女達を上手に叱ってくれ、彼女達はへこたれてこちらに謝りに来るので、私が勝たない勝負はないと、私の心が傷つくことは少なかった。クラスメイトにつけられた手の傷を家族に見せながら「これは敗者の嫉妬なんだ」と自慢した。

勉強面でもあまり苦労を知らずに中学までは突破できた。時に周囲を見渡して劣等感を感じたり、クラスメイトに馬鹿にされたりすることがあっても、私は今、悲劇のヒロインを演じる時なんだと信じることでメンタルを保っていたのかもしれない。

最近になって、これは幼い頃に受けた小さい甘やかしから派生した誤解だったのではと思う。心のどこかで"自分"は欠陥品なのではないかと疑っていたため、自分に良くしてくれる人達の存在に踊らされて取り返しのつかないほど調子に乗ってしまったのだろうか。

思春期を過ぎ、高校に進学すると、自分よりも褒められている人間が沢山いるのを見た。自分が幼き頃から思い描いていた未来は訪れること無く、初めて自分の人生の闇が始まったような感覚に陥った。それからは自分の存在意義ばかり考えるようになった。自分の軸を探すようになった。数字にしか興味がなくなった。もしかすると"私"の今までの意識は間違だったのではないか、"この世には私しか生きていない説"は幻想であったのだろうかと考えるようになった。井の中の蛙とは私のことだと思った。この頃から、自虐の快感を覚えた。私は堕落した。

今、実際にどこかで誰かが、ちゃんと交通事故で痛い目にあったり、職場が潰れてショックを受けたり、犬に吠えられたりしているのだろうか?恥ずかしながら今でも「他我」というものを意識することは珍しい。しかし、自分の精神衛生のためには、そろそろこの呪いから解かれた方がよさそうだ。

 

普段は気づかないが、寝る前とかにふと心に空いた穴の存在を思い出してしまう

その大きさに自分でも吃驚することがある

痛みを痛みだ と思わなくなったせいか、全然痛くはないけれど

自己欺瞞

中途半端な努力しかしてこなかった。

そんなの努力と言えるのだろうか?ただ「自分は努力した」と思うことで逃げてるのではないか。全部がただの自己満足ではないか。

なんのために生きてるのかわからない?

そもそも「なんのため」とか、答えが出ないと分かってるような問題ばかり考えて続けている。暇さえあればいつも。思い返せば、物心ついた時から、答えのあるようなないような、そんなくだらないことばかり考えてる。

誰かと目が合う度に、自分の心の中を覗かれているような気がして怖い。

どうしてそんなことが怖いのだろうか。見えるはずのない人の視線が痛いと言ったり、変化が欲しいと言いつつ変化を恐れたり、あるはずもない正解ばかり探している。正解と言うより、ただ言い訳を探してるだけかも知れない。

初対面の人間に、「真面目で」「素直だ」「大人しい」と言われる。

ちっとも嬉しくない。真面目になりたい・素直になりたい・大人しくなりたいと、思うことはある。誰かが見る自分と、私の知る自分が一致したい。人から何かを言われても嬉しさというのを微塵も感じない。

自分自身の心で思えるようになりたい。

そう自分に問いかける。しかし自分が自分を褒めるなんて馬鹿みたいだ。と、捻くねる自分がいる。そもそも、自分とは誰なのだろうか。自分という生き物の真の姿とは何か。どう認識したらよいのだろうか。

日に日に孤独感ばかり深くなっていく。

 

無気力人間

感情を言葉に出来ない。吐き出せない。吐き出せる場所が見つけられない。

言葉に出したら違う気がする。違ったら負けな気がする。恥ずかしい気がする。

毎日毎日、他人と視点をずらして、傷に触れないように脳を誤魔化し続けては疲労が溜まるだけ。

こんな現実を見てどう感じてるのか、何を目指したかったのか、何を後悔してるのか、今まで何を考えて生きてきたのか、どうやって答えを出してきたのか、その手段は

何も思い出せない。記憶が無い。生きてきたという実感が無い。

自分が何考えているのかさっぱり分からない。何が正解で何が間違ってるとか、何が好きで何が嫌いとか、自分の思考や決断にいちいち自信が無い。いつもテキトーな理屈をこじつけては曖昧な結論しか出せない。

自力で解決しようともしない。したいけどしたくない。そもそも出来ない。気力がない。全てがだるい。何をしても、誰といても疲れる。

自分の欲望、欲求、感情が分からない。ただ毎日が過ぎていくのを感じては気分が疲弊するだけ。考えてるようでなんも考えていない。頭がどうかしてる。わたしは何もない。空っぽな人間。

こんなわたしをみて可哀想だと思わないでほしい。そんな安い単語で表せるような人間がいたならば、全力で軽蔑してやる。

 

散歩

約半年ぶりに祖父と散歩に行った。太陽が西に傾いてしまってからだったので長い時間ではなかったが、いい運動にはなった。土手道で犬の散歩をしている老夫婦とか、明日にも枯れそうなコスモスとか、暗くなっても公園で走り回る子供たちとか、外に出なければこういう一つ一つの存在も知ることがなかったんだと思うと、それなりの収穫があったなと思う。自分は死ぬまでにあと何回散歩に行くか、明日変わってしまうかもしれないこの景色があと何回見られるかなんて馬鹿みたいなことを考えていたら、なんだか無限に生きていたいと思ってしまった。そしてまた明日から長い一週間が始まるんだなと思い出して、夕陽と共に消えたくなった。

 

 

寸鉄殺人

些細な言葉ひとつで人は死んだりする。それはそこにある棘が原因だ。その殺人が加害者の意図的なものならば、加害者はその棘を見ることが出来る。被害者は棘が刺さってから漸く気づくのである。

しかし、'加害者が無自覚'の棘の場合、被害者もそれが刺さってから気づくので、加害者に'ここに刺さっている棘の存在'を教えてあげることしか、痛みに気づいてもらう方法がない。

まあ、相手に教えてあげることが出来た頃には、既に棘が刺さってしまっている状況なのだけれど。言葉の棘は、刺さってから しか分からない。どっち道、棘は刺さるのだ。

ぶどう糖

ドラックストアで買ったぶどう糖95%ラムネを食べた。スーパーのお菓子売り場で売ってるぶどう糖90%のラムネは食べたことあったけど、95%のは初めてだった。

今日は行きも帰りも雨が降っていていつもに増して憂鬱な気分だった。さらに帰宅途中、やりかけの仕事が残っていたのを思い出して億劫になりながら職場戻った。いつもなら帰宅してるくらいの時間に再び職場着いて、中途半端になってた仕事を済ませてとりあえずホッとした。二度目の帰路につく頃は雨も止んでて、このままただ帰るのも虚しいなと思って近くにあった薬局に入ってこれを見かけたんだ。

ぶどう糖は疲れが癒えるとか、鬱が解消するとか、集中力が上がるっていう記事を前に読んだ。これはプラシーボ効果とかではなく生化学的にそうらしい。わたしはなんでも鵜呑みにしてしまう人間なのでそこで紹介されてた森永のぶどう糖90%のラムネを早速大人買いして食べまくってた。のを思い出した。しかし本当に疲れが癒えたとか鬱が解消したというためしはない。

が、まだどこかで期待してしまってる自分がいた。さっき完食したけど別にいつも通りの虚無感だ。まだパッションが足りんのだろうか。味はとりあえず美味しかった。

無感情

自分のスタミナの無さを感じる。半日週三でもキツいと感じてた清掃のバイトを辞めてから初めての、フルタイムの五連勤を終えた。

昨晩は仕事のあと、親と祖父母に連れられて地元の花火大会を見に行った。やはりワイワイしてる人が多かったが年配の夫婦なども結構いた。帰ってきたら疲れの為か夕飯中に寝落ちしてしまい、夜中2時頃に起きて歯磨きだけ済ませて、そのまま夕方まで寝てた。夢の中で夢を見て、さらにそれも夢だったりして、起きた時は何が何だか分からなかった。綺麗な花火を見たのも夢だったかと疑ったが、カメラロールに写真があったから夢ではなかった。そして頭がぼんやりしたまま買い物に行った。明日からまた仕事だと気づいて、生きてるなぁと感じた。

身体的な疲れが著しく、疲れたとか、しんどいとか、頭で考えている余裕がない。無感情になってるだけかもしれないが。辛かったとか、楽しかったとかいう感情は何だか夢の中の話のように遠く感じる。何も感じないのはいいことだと思うが、ただ生かされてるだけの都合のいい傀儡にはなりたくない。

いつかこのまま眠るように死ねたらいいなとは思った。

 

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派遣バイト終了

7月に始めた掃除のバイトを今日辞めた。というか終えた。ちゃんと綺麗にゴールした。

正直、潔癖症気味の僕には向いてない仕事だった。初日に仕事を教えてもらっていた時から、無理だと直感してた。もしも応募する前に戻れたなら絶対にこんなバイト応募しないと思った。まだ飲食店の汚さの方が慣れていると思った。とにかく今すぐこのバイトは辞めたいと思った。けどそれは自分のプライドが許せないから短くても3ヶ月は続ける気でなんとか息を止めながら頑張った。何回か寝坊して無断欠勤したり、コミュニケーションが出来なかったりで結局周りの雰囲気に馴染むことは出来なかったが、ここでは別にそういうのは期待してなかったし、終始 無感情だった。無言かつ自分のペースで仕事ができたのはよかった。しかし隅々まできっちりやると余裕で残業になってしまうし、時間内に終わらせると手を抜いたのではと疑われるしで、その変が少し厄介だった。午前中で終わるのは有難かった。なんだかんだ職場の人たちも良い人だった。飲み物とかお菓子とかお裾分けをくれた日もあったし。一期一会だなぁと思った。そして今日終わってきた。少しだけ肩の荷が下りた感じがする。またすぐに新しい仕事始まるけど…

やっぱり仕事はめんどくさい。もっと自分が満足できる楽しい仕事がしたい。楽しい仕事ってなんだろう。

とりあえずお疲れ様でした。

疑心暗鬼

恋愛感情って言うのか分かりませんが、なんとなく私も人間に興味を持ってた時期が幾らかあって、覚えてる限りですが、その時のことでも。それと高校時代のちょっとした黒歴史

まずは幼稚園の時。(先に断っておくが幼稚園の記憶は無理やり引っ張り出したどうでもいい話)

自分の幼稚園は年長組が2クラスあった。隣のクラスに、自分より身長がやや低めの、Sくんという活発な男の子がいて、自分はそのSくんのことが好きだったらしい。「らしい」って言うのは、今では全くそういう感情を持った覚えがないから。ある日帰りの会が終わって、園庭で親のお迎えが来るのを待機してる、ザワザワとした時間に、同じクラスの女子達が、「〇〇(自分)ちゃんが、Sくんのこと好きなんだって~」と園庭で言いふらしていたのをうっすらと覚えているってだけ。自分は抗えずに黙っていたが、別に嫌な気分になったりはしなかった。まるで他人事のように、その女子達が面白そうに叫んでいるのを聞いていただけだった。どちらかというと、その女子達の髪飾りの色や形、靴下の模様、そういうものの方が興味深かった。私がぼーっとしていると、園児の群集の中からSくんが突然私の前に現れて 「なあ、お前、俺のこと好きなのか?」と、私の園服のボタンを触りながら得意げに聞いてきた。何度聞かれてもノーリアクションを貫いていたので、やがて飽きられ、その噂はすぐに消滅した。その頃の私は「好き」という感情を「相手を特別視する」ことだと自分なりに思っていたが、Sくんは特別当てはまらなかった。なぜそんな噂が広まったのかというと、多分「〇〇(自分)は幼稚園に好きな子いないの?」と、親か先生かなんかに聞かれた時に、好きな子がいるのが普通の子供なんだ、と思いこみ適当に「Sくん」と答えたんだと思う。だとしたらSくんにかなり申し訳なかった。(因みにそのSくんとは小学校が離れ中学校で再会したがSくんが当時のことを覚えているような雰囲気は全くなかった。)自分が今になって、幼稚園の頃の「テキトーに作り上げた好きな人」とのことを何故にこんなに覚えてるのかと聞かれたら、多分昔から人に興味が無く 人と関わってこなかったから、こういうつまらない出来事を「思い出」とか「初恋」といって時々思い出しているからだと思う。覚えているのは多分自分だけ。(苦笑い)

次に小学2年の時。隣のクラス(2組)に小柄の女の子Aちゃんがいた。Aちゃんの事は1年の頃から知っていた。高めのツインテールが特徴で性格は大人しめだった。初めてコミュニケーションをとったのは小学2年のある日。その子は休み時間になるとよく、仲のいい女の子達と校庭にある鉄棒のあたりで遊んでいた。自分は彼女と別のクラス(1組)だったのでAちゃんについては顔と名前くらいしか知らなかった。とにかく顔と名前が合致して、可愛くて、なぜか当時の自分はAちゃんの名前を見ただけで心が踊る程だった。集会の時、廊下ですれ違う時、いつもAちゃんだけが視界の中ではっきり見えていた。私は家ではよく人の顔の絵を書いたり、自由帳を破って絵本を作ったりしていたが、もちろん主人公は自分とAちゃんだった。最終的に何十冊にもなるその物語の中のように、私とAちゃんが仲良くなれることは無いと承知してはいたが、その妄想だけでも十分楽しかった。この頃から妄想癖があったんだなと思うと少し恐ろしい。ある日の休み時間、私はAちゃんに近づいて鉄棒で遊んでみた。恐らくAちゃんのクラスは次の授業が体育で、鉄棒をやるらしい。授業開始の5分前を過ぎても、何故か私は教室に戻らずにいた。

「もうすぐ授業始まるよ。 1組、教室に戻らなくていいの?」

生まれたての天使のような声が静かに響いた。なんと私の目の前に、なんの緊張感もなく、まるで友達に話しているかのように純粋な疑問をぶつけてくるAちゃんがいた。暫し私は絵本の中の世界だと錯覚した。それは狙い通りだったような、奇跡のような、不思議な情景だった。ここで素直に教室に戻ってしまったら、物語は呆気なく終わってしまう。このチャンスを逃すわけには行かない。クラスが違うため私の情報を全くと言っていいほど知らないAちゃんは、きっと私が喋っても驚かない。そう知っていた私は

「え?2組?」

と惚(とぼ)けた風に返していた。(同じクラスの人にはこんなこと言ったりできない。)この邪な返答は傍から見れば気持ちが悪く、仮に自分が男子だったら、すぐさま噂になると悟った。一瞬だけ自分が犯罪者になったような罪深い気持ちになっていた。すると、そんなことに気づく筈のない現実のAちゃんが、私のしらばっくれた演技を察知し「1組だってば!」と反射的に笑っていた。初めて心を通わせた素直な喜びと、純粋なリアクションが返ってきたことに安堵感を覚えた。そのあとのことは覚えていない。その後もただそのシーンが私の脳内で何百回も再生され続けた。案の定、次の授業に遅刻して先生に怒られたのは恥ずかしかったが、Aちゃんと話せた日は、一日中気分がウキウキしてた。家に帰ってもそのことばかり考えていた。人と話すのってこんなにウキウキするものなのか。Aちゃんと友達になれたらいいのに、と思っていた。ちなみにAちゃんとは4年次でやっと同じクラスになった。しかしその頃になると、自分は緘黙が酷くなり、学校で孤立して、結局Aちゃんと友達になることが出来なかった。残念。

同じく小学2年の時。親と近所の人達で、小規模な祭りに行った時に出くわしてしまったTくんというクラスメイトの男子。自分は学校では猫をかぶっていて、特定の人以外とは話すことが出来ず、家とは全く別人のような性格だった。当時は「猫をかぶること=悪いこと」で、自分が学校では悪いことをしていると思い込んでいた。(実際は猫かぶりではなく、場面緘黙という症状だったことを後で知った)。学校では、クラスメイトから「喋ってみて」とか、「家では話せるんでしょ」など嫌になるほど問いかけられていた。皆が私を白眼視した。私は学校に居る時の私が嫌いだった。そんな私の存在を親の前で暴かれてしまったら自分の立場が無くなる。これが理由で、小学生くらいの頃は家族と一緒にショッピングモールなどに行くことを躊躇っていた。家族と居る時にクラスメイトを見つけると、反射的に心臓が爆発しそうになって、毎回急いでその場から逃げていた。無論、学校行事や授業参観なんかも同じだ。常に人目を憚っていた。本当はこの祭りにも行きたくなかったが、行きたがるのが普通の子供だ、と渋々連れていかれたのだ。だから、Tくんやクラスメイトの男子を近くで目撃してしまったこの時の心境は最悪だった。もしかしたら何かの拍子で陽気な性格のTくんが、親の前で「私が嫌いな私」についてさらっと喋ってしまうのではいかと不安が募り、喉が詰まりそうになった。しかし、意外にもTくんは'よくできた'子供だった。私を見つけても、私の親と話しても、この地雷に触れてくることはなかった。親や近所の人に暴いたりはしなかった。それどころか、学校でほかの女子達に接しているような、(いい意味で)粗雑な態度で私に接してくれた。親の前で悪事を働かせ、自分に注目を集めるのに夢中になっていた。特別私に触れてこなかったところは、単純に興味がなかったのか、優しさなのかわからない。恐らく単純に興味がなかったのだと思う。でも当時は、そんなTくんを優しい人だと思っていた。気づくとクラスの数名がTくんの周りに集まり、鬼ごっこが始まっていた。私が祭りで買っていた「吹き戻し」という玩具を使って。記憶がぼんやりしているが、確かそこで私も一緒に遊んでいた気がする。その時自分が喋れていたかは忘れたが、沢山笑えていたとは思う。こんなこと小学生の子供であればよくある日常なんだと思う。しかし、私にとっては学校で出来ないことが出来た特別な時間、大袈裟に言うと夢のようで幸せな時間だったと思う。それから学校でTくんを気にかけるようになった。席替えで隣の席になった時は心の中でガッツポーズをしてた。これは、あの祭りでの出来事があった日から一過性の感情で、高学年になる頃にはどうでもよくなってたな。

小学4年の頃。3つ下の学年に、おとぎ話に出てきそうな可愛い女の子がいた。低学年の頃のAちゃんを彷彿とさせるその子に、気づくと一目惚れしていた。その子が視界に入るといつも目で追ったり、一時期は髪型や服装などを真似したりしたこともある。とにかく彼女のようになりたくて仕方なかった。しかし高学年になった私はそんな純粋な欲求では満足出来ず、実際に彼女のものを盗んでしまいたいとまで思ったこともある。家に連れて帰ってしまいたいと思ったり、宿題もそっちのけで毒気のある絵を描いたりしていた。勉強机の鍵がかかっている引き出しに妄想の紙片が溜まって行った。これ以上思い出すと余計に自分の惨めさを再認識してしまう気がするので割愛。

 

人は人に興味を持つことから始まり、話しかけて、遊んで、仲良くなって、友達になっていくんだと思う。でも私は実際に、子供の頃興味を持った人と友達になれた試しは一度もない。なんなら話しかけることが出来たこともない。

それでも小学校の頃は、わりと他人に興味があったのだと思う。公立の中学に入って少しでも多くの友達を作りたいと思っていたが、結局誰とも話せず友達はできなかった。初めのうちは話しかけてくれる子や、手を差し伸べてくれる子がいても、喋れないためにその期待を裏切ってばかりだった。性別関係なく友達がほしくて仕方なかった。中学生になると周りに幾つかのカップルが出来たりしていた。恋人ができる人は積極的に感情を吐き出せる人、中には他人の欠点を馬鹿にしたり囃し立てたりするようなタイプの人が多かった。そういう人達を見ているうちに、自分には叶えられるようなものでは無いと絶望を感じた。自分はただ興味がある人を静かに見ているのが一番しっくり来た。

 

この頃から高校デビューという言葉が私の中で流行っていた。それは必ず成功するものだと思い込んでいた。そのため、高校生という肩書きが貰えることに期待しすぎていたところもあった。しかし私の人生はそう上手く進むものではなかった。小学生の頃から夢に見ていた「平凡な女子高校生」としての生活は幻に終わった。

期待していた高校の入学式、身体がカチカチになり、思考までもが鈍くなっていた自分を暫くの間受け入れられなかった。何も考えずに現実を否定することでしか、精神衛生を保てなかった。中学までと同様に友達を作ることが出来ないと確信してから、先の見えない、長い、暗い生活が始まった。そんな毎日の中で、世間のカップルを見て楽しそうだ、羨ましいと思ったことは飽きるほどある。しかし友達も作れない自分が自分のままそのようになりたいなどと思ったことは一度も無い。

ここでひとつ黒歴史を語る。高三の終わり頃、同じ理数クラスだった男子kくんからメアドを聞かれたことがある。kくんは少しナルシストが入っており自称「理系一頭がいい」男子で、いつも地味な男子達と、数学の話で盛り上がっているような人だった。時々二次元の話なんかもしていた。教室は狭く、私の周りの席はほとんど男子だったので身動きが取れない地獄のような休み時間だった。いつも通り退屈な昼休みを過ごしていたある日のことだった。クラスの女子達が遠くの方で仲良く弁当を食べている中、私はその話声に聞き耳を立てながら窓際の席で勉強か読書かなんかして時間を潰していた(体勢だけ)。それは11月の半ば、1度も話したことがなかったkくんが、いきなり私の席の前に来て、私の名前を不自然に3回くらい呼んだ。そしてぎこちなく「メアドを交換してほしい」と言った。私はkくんの顔を正面から初めて見た気がした。彼の目には、状況を理解できずに戸惑っている私が映っていたであろう。彼はそんなことお構い無しに「ねえ、メアド」と言って、優しい表情で私を見つめていた。

私は余計な視線を避けたいがために、兎にも角にもこの状況を終わらせたいと、よく分からないままメアドを教えた。帰宅してからkくんから早速メールが届いた。思いの外フレンドリーな文面で、「一応名前教えておくね」 と名前を教えられることからはじまった。私は比較的人の名前に興味があり、クラスメイトの名前くらい把握していた。もちろん彼の名前もとっくに知っていたため軽い不信感を抱いた。送受信を繰り返した末、「一緒にご飯に行きませんか?」と誘われた。昼休み、食事もせず一人で着席している私を、彼はどのように見ていただろうか、彼にどう接するべきなのか、いずれは彼を落胆させてしまうだろうという様々な不安と自己嫌悪でその日は疲弊しながらも、断る理由が無く承諾していた。

翌日、約束通り駅前で一緒にご飯を食べた。彼は、私の目の前で美味しそうにご飯を食べながら、過去の人間関係とか恋愛事情などを話していた。その話には意外な人の名前が沢山出てきた。夢を見ているような気がした。私の知らない所であんな人やこんな人が色んな人間関係をしているんだなと、その時初めて知った。人と食事をするのに慣れていない私は、彼の話を聞きながら、ひたすら不自然な動きをしないようにと全神経を働かせ、目の前のピザを切り分けていた。私がピザを切り終わった頃には、kくんは既にハンバーグ定食を間食していた。決して彼が食べるのが早かった訳では無い。結局私はあまり食べられずに、半分以上を彼に食べてもらうことになった。そのせいか、「俺が全部出すよ」と、kくんは当たり前のように1人で先にお会計をしてしまった。お礼を言うタイミングが掴めず、言えなかったのが心残りだった。そんなこと忘れたかのように、kくんは次の日も一緒に帰ってくれた。冷たい木枯らしが吹く日、目立たない地味なマフラーを身につけるので精一杯だった私と、高そうなコートを羽織るkくんが、2日間も一緒に帰っているのが何だか不自然だった。

人影の少ない通りに入った時、kくんは急に真剣な表情になり、「もしよかったら、俺と付き合わない?」と言いだした。意外だった。彼は一年生の頃から'ガリ勉'で有名で、まるで勉強が恋人のような人だと失礼ながら思っていたからだ。私も私で、見た目も性格も成績も何もかも落ちこぼれで良いところなど一つもなかったはずだ。何かの間違いであると思い、曖昧な返事しか出来ない私に、そのあともしつこく言い続けてきたkくんを見ていて、彼は私と違い心が強く、軸のある人間なんだと思った。実は、kくんも中学の頃は、私と同じように学校では無口だったらしい。「ある時 堪忍袋の緒が切れたように話せるようになったよ」と笑いながら話していた。私の少し前を歩きながら、ちょくちょくこちらを振り向き、生存確認をしてくる様子から、私を1人の人間として認識してくれているのが伝わり嬉しくなった。しかし私自身、自意識過剰にも、学校では地味で無口というイメージが浸透しているという思い込みが激しく、「このイメージを崩してよいのか」「彼に変なストレスを与えるのではないか」と、彼に心を開く気にはなれず、無言を貫くことしか出来なかった。駅に着いた時、唐突に「付き合ってくれないと帰さない」と冗談交じりに言われた。私は誰かと長時間一緒にいるということに慣れていなかったせいか、心身の緊張が限界に近づいていた。この緊張から一刻も早く解放されたかったので、私は現実を受け止められないままkくんと付き合うことになった。それまでは同級生達が集団で楽しそうに帰る中を毎日一人で帰っていたが、kくんがたまに一緒に返ってくれるのは新鮮だった。学校帰りに小規模な動物園に連れて行って貰ったこともある。しかしどうしても「誰かからみた自分」という存在ばかりが気になって仕方なかった。駅で仲良く手を繋ぎながら歩く他校の男女を見かけては、その幸福に満ちたオーラに打ちのめされた。それから私は「恋人がいる自分」という自意識を持つことに拒絶反応を起こし続けた。そんな馬鹿みたいな人間に、kくんはくだらないメールを画像付きで送ったり、電話をかけたりしてくれていたのだが、私は甘えることを拒み彼からのメールには殆ど返信せず電話も出なかった。結局一ヶ月後に「受験もあるしお互い重荷になるだけだから別れましょう」とメールが来て別れる形になった。その時の「分かりました」という返事だけは無意識に早く送ってしまった。人生に絶望しかけて、自分の感情や外界からの刺激を遮断するクセが強くなっていた時期と重なっていたのもあったと思う。本気だったkくんに対して非常に申し訳ないことをしたなぁと思いつつ、今では何も無かったことにしてる。

結局、卒業式の日にクラスの人が友達と最後の言葉を交わしたり写真を撮ったりする中、一人でその場から逃げるように帰ろうとした私に「さようなら」とひとこと話しかけてくれたのもkくんだけだった。

常に私の視界は平面的で、孤独感は拭えない。人間に無関心な自分といても、多分誰も幸せになれない。そういう自意識に目覚めてしまってから同性にも異性にも無関心になっていった気がする。もはや邪念と卑屈に塗れてしまい純粋な心というものが分からなくなってしまった。恋心というものを頭で考え始めてしまったら終わりなんだなと。

そういえば最近「サピオセクシャル」っていう概念を知ったのですが、どちらかと言えば今はこれに近い気がしてます。これについては…特に書きません。

 

 

 

 

 

 

 

 

秋風索莫

秋風索寞(しゅうふうさくばく)

「夏が過ぎ、秋の物寂しい風が吹く」という意味らしい。これからはブログのタイトルに悩んだら、今の気分に相応しい四字熟語にしようと思ってこんなタイトルにしてみた。

この間まで、まだまだ暑苦しい日々が続くなぁと思っていたが、いつの間にか風が冷たく感じるようになってた。日中は過ごしやすいといえば過ごしやすいが今はちょっと寒い。また暑くなるかもしれないけれど。

昨日今日とバイトがなかったので、気怠い気持ちでアラームをセットすることも無く穏やかな夜を過ごせたと思う。

昨日の記事に「イッツアスモールワールド」の歌詞を貼り付けてみた。最近、この曲を聞いてテンションを上げることが多い。特に好きなのはユーロビートバージョンで、聴いてると頭からドーパミンがドパドパ出ている感じになって終始気分が良い(薬を飲まずとも)

それが関係あるのかわからないが久々にブログを書こうという気になったので今こうして書くことが出来てる。別に何も書きたいことは無いのだが。とりあえず今は脳がストレスに対して鈍感になってくれてるのが有難いってことくらい。

今日はお昼ご飯でも買いにマックへ行こうと思ってた。しかし天気のいい平日の昼に、地元の店へ立ち寄るには勇気が足りず、家にある物で済ませた。

それで気分が沈んできたので久々に一人映画をしようと思った。

買うだけ買って一度も着ていなかった夏用のシャツを着たあと、こないだパンクして修理してもらった自転車でシネコンに向かった。自転車の有難みを感じたりした。駐輪場はいっぱいだったけどなんとか入れた。

去年仕事で嫌なことがあった日に、気分転換をしに帰りの電車を途中で降りて寄り道したなぁと、初めて一人映画をした日を思い出しながら機械でチケットを購入した。そして通路側の隅っこの席でカルピス飲みながら観てた。隣の席は空いてて、その隣に若い男の子3人くらいがお喋りしながら座ってきた。「途中で寝ちゃうかもしれない~」とか楽しそうに話してた。新鮮でなんかいいなぁと思った。

今日観たのは、小説が映画化された『君の膵臓をたべたい』という映画。生きるということがテーマになっていて少し気になっていた。青春ものだから自分には縁がない話だと思いながらも、暗い性格の主人公には共感できるところが沢山あった。正直『君の名は。』よりもわかり易かった。自分みたいな捻くれ者でも青春とか恋愛とかと縁のある人間を羨望の眼差しでみてしまうのはこういう作品があるからだと思う。

で、見終わって併設されてる服屋でちょっと秋物の服を見ていた(あまりにもお洒落な服ばかりで買う気にはなれなかったが)

その時も近くに二人の可愛い女子高生がいて、服よりもそっちの方が気になってしまった。

他人の人生を羨むばかりでなく、もう少し自分の人生をしっかり生きなければならないのかも知れない。そんなことしんどいだけなのでしないけれど。時間は待ってくれないんだなと思った。

精神年齢が小学生と同じくらい(もしくはそれ以下)という自覚症状があるのでそろそろ年齢に相応しい考え方ができるようになりたいと思った日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

It's a small world

It's a world of laughter, a world of tears
It's a world of hopes and a world of fears
There's so much that we share that it's time we're aware
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small, small world
There is just one moon and one golden sun
And a smile means friendship to everyone
Though the mountains divide
And the oceans are wide
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small, small world
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all