明るい闇

頭がおかしい人

秋風索莫

秋風索寞(しゅうふうさくばく)

「夏が過ぎ、秋の物寂しい風が吹く」という意味らしい。これからはブログのタイトルに悩んだら、今の気分に相応しい四字熟語にしようと思ってこんなタイトルにしてみた。

この間まで、まだまだ暑苦しい日々が続くなぁと思っていたが、いつの間にか風が冷たく感じるようになってた。日中は過ごしやすいといえば過ごしやすいが今はちょっと寒い。また暑くなるかもしれないけれど。

昨日今日とバイトがなかったので、気怠い気持ちでアラームをセットすることも無く、時間を気にせずマイペースに過ごせたと思う。

昨日の記事に「イッツァスモールワールド」の歌詞を貼り付けてみた。最近この曲を聞いてテンションを上げることが多い。特に好きなのは(パリピが好むようなやつだが)テンポが速めのダンスミュージックで、聴いてると頭からドーパミンがドパドパ出ている感じになって終始気分が良い(薬を飲まずとも)

それが関係あるのかわからないが久々にブログを書こうという気になったので今こうして書くことが出来てる。別に何を書きたいとかは無いのだが、とりあえず今は脳がストレスに対して鈍感になってくれてるのが有難い。

今日はお昼ご飯でも買いにマックへ行こうと思ってた。しかし平日の昼に、地元の店へ立ち寄るには勇気が足りず、家にある物で済ませた。

それで気分が沈んできたので久々に一人映画をしようと思った。

買うだけ買って一度も着ていなかった夏用のシャツを着たあと、こないだパンクして修理してもらった自転車でシネコンに向かった。自転車の有難みを感じたりした。駐輪場はいっぱいだったけどなんとか入れた。

去年は、仕事で嫌なことがあった日に、気分転換をしに帰りの電車を途中で降りて、何度か寄り道したなぁと思いながら機械でチケットを購入して、通路側の隅っこの席でカルピス飲みながら観てた。隣の席は空いてて、その隣に若い男の子3人くらいがお喋りしながら座ってきた。「途中で寝ちゃうかもしれない~」とか楽しそうに話してた。なんかいいなぁと思った。

今日観たのは、小説が映画化された『君の膵臓をたべたい』という映画。生きるということがテーマになっていて少し気になっていた。青春ものだから自分には縁がない話だと思いながらも、暗い性格の主人公には共感できるところが沢山あった。正直『君の名は。』よりもわかり易かった。自分みたいな捻くれ者でも青春とか恋愛とかと縁のある人間を羨望の眼差しでみてしまうのはこういう作品があるからだと思う。

で、見終わって併設されてる服屋でちょっと秋物の服を見ていた(あまりにもお洒落な服ばかりで買う気にはなれなかったが)

その時も近くに二人の可愛い女子高生がいて、服よりもそっちの方が気になってしまった。

精神年齢が小学生と同じくらい(もしくはそれ以下)という自覚症状があるのでそろそろ年齢に相応しい考え方ができるようになりたいと思った日だった。前からずっと思ってるけど。

とりあえず久しぶりにソロ充ができた気がするو( ˙꒳˙ )٩ 

 

 

 

 

 

 

 

 

イッツァ

It's a world of laughter, a world of tears
It's a world of hopes and a world of fears
There's so much that we share that it's time we're aware
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small, small world
There is just one moon and one golden sun
And a smile means friendship to everyone
Though the mountains divide
And the oceans are wide
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small, small world
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
It's a small world after all
 

幻想の死

昨日だか一昨日だかの夜、心身が非常に怠く、眼球が痛くなったので、アイス枕とアイマスクをしてベッドに入って眠ろうとしていた。

眼球が痛い時は大体メンタルも疲弊している時だ。

まあそんなことはどうでもいい。

 

ちょっとだけその時に感じたことでも書いてみようと思う。

 

その日は割と早く寝床に入ったので寝ることに集中しすぐに寝るつもりだったのだが、人生そう上手くいくはずもなく中々寝付けなかった。

私はぼーっとすると「死」について考えてしまう暇人なので、その日も「このまま死ねたらいいのに」などと考えながら眠りにつこうとした。

しばらくすると、アイス枕のひんやりとした快感が体中に伝わってきて、魂ごと浮遊しているような感覚になった。

(寝る寸前で意識がはっきりしてなかったのと、これを書いてる現在頭があまり働かない状態なので具体的に書けないのが少し悔しい。)

重力のない宇宙空間のようなところにでぽつりと浮いていて、急に莫大な孤独感に襲われたのだ。

そしてうっすらだが過去の記憶が蘇った。

若い頃の母親の姿、今と変わらぬ祖父母の笑顔、無邪気だった自分や懐かしい子供たち。

それはあまりにも鮮明で懐かしく心が暖かくなっていったが、一線を超えた時、それは奇妙で異様な光景へと見え方が変わり気分が悪くなった。

「人は死ぬ時に人生を振り返させられる」という、どこかで聞いた言説を意識的に思い出したのもしれない。

こんなもの根拠がないし詳しいことは知らないけれど。

その瞬間は理性を持ち合わせておらず、自分の身体は単純に未知の境界への不安と恐怖で痺れていた。

しかしこれはただの幻想に過ぎないものだと思った。

というのは、自分がこんなに楽に死ねるはずがないと私は知っていたからである。

「幻想の死」とでも名付けておこう。笑

 

一体、人の魂はどこからやって来てどこに帰ってゆくのだろうか。

ふとその思考がよぎったとき、わたしの脳中にはごく最近出会った人々の存在、主にその人間の顔や、自分に向けられる表情が、流星のごとく再生されていった。

なぜだか涙が次々と溢れてきた。

この時の感情はよくわからない。

身体の反応に感情が追いつかなかったのか、思考が停止していたのかも思い出せない。

ただ強い孤独感に包まれて、魂が悲鳴をあげていた。

その孤独が人間の死の本質を表すものなのか、私の狂った脳のお遊びなのかは分からない。

死ぬということは生きるということ以上に孤独なものなのではないかと身にしみて感じてしまったのだ。

潜在意識に植え付けられた孤独感から、いつしか希死念慮を覚えるようになっていた私は、日頃ショッキングな出来事があるとすぐに「死」を願ってしまう残念な生き物であった。

死ねばすべて開放される。
生という悪夢から覚めるとそこには愉快なお花畑が広がっているものだと。

しかしこの時、人間が本能的に嫌う「死」というものは私が思うほど都合の良いものではなく、本質的な「死」というものは生きる以上に孤独なものではないかと思った。

その瞬間の私には、死への覚悟など微塵もなかったのだろう。


恐らく、私や他の人々が普段口にしてしまう「死にたい」と、この時体験した不思議な感覚である「幻想の死」には全く関連性がないと思う。

現実逃避

醜態、憎悪、嫉妬、悲哀、羞恥、悲劇などといったネガティブな単語をひたすら並べれば、己のこれまでの人生の大半は説明出来てしまう。生まれてから二十数年で己が人生から学んだ印象はこんなものだけだ。悲劇 というと「悲劇のヒロイン」というフレーズがあるが決してそんな劇的なものでは無い。面白みのないつまらない人生である。いつの節目を思い出しても目を瞑りたくなるような出来事ばかり。そんな人生になんの価値があろうか?希死念慮という言葉を覚えたのは高校生くらいの時だったが、その時からずっと代わり映えのない、宛もなく彷徨っているような漠とした時間を生きてきてしまった。こんなことを言いながら、今日から先も己はのうのうと生きてしまうのだろう。

生きてしまうとはいっても死ぬということが中々手強いように、生きるということも簡単なことではない。とも思う。なぜなら生きるにはまず、食事をしなければならない。そして歯を磨く、入浴する、睡眠をとるというサイクルを毎日しなければならない。さもないと体が飢えてしまう、或いは腐ってしまうからだ。「栄養、休養、運動」、この三つを繰り返すことで身体は健康になり凡そ「生きる」ということが完成すると言われている。勿論金あっての話だが。お金さえあればなんでも手に入るこのご時世、恵まれた日本という国ならば餓死する人など取り分け多くないはずだ。しかしお金を手に入れるには仕事をしなければならない。仕事という土台の上で、生きることが成り立っている。マジョリティは生きるということを簡単だと錯覚しているのかもしれない。外面的には「平和」なのであろう。錯覚とはいえ生きるのが簡単ではあるものの、それが幸せとどう関係があるのであろうか?もちろん生きていれば美味しいものをたくさん食べられるし好きな物がある人はそれに時間を費やすのだろう。しかし若年層(30代くらいまで)の死因の第一位は自殺であると言われている。世の中、自殺を褒め称える人は道徳的に少ない。大好きな人や愛するペットが死んで喜ぶのは一部のサイコパスくらいだろう(特徴として挙げているだけ批判などではない)。このようなことから殺人と自殺は同類で背徳行為と印象付けられている。しかし毎日のように自殺は起こっている。その背景には、いじめ、パワハラ、金銭、過労、見栄など数知れずのブラックホールが存在する。人生に価値を見つけられない人間は自らこの落とし穴に落ちていくのだ。こんな国を「平和な国」と呼んでしまっていいのだろうか?

つまり何が言いたいのかというと、こんなドロドロした現実というものに四六時中目を向け続けられる人間はいるのだろうか、ということである。いるとすれば、その現実と向き合うためのモチベーションはどこから得ているのだろうか。私にはわからない。なぜなら当然ながら私は「わたし」という人間以外の人生を生きたことも、感じたこともないから。

わたしは一日のうち、睡眠以外の時間はほとんど「現実逃避」をしている。それも意識的に、やるぞ!というものではなく気づいたらしているのである。いわば「本能的行為」だ。流石に起きている時間全て現実逃避をするというのは大袈裟だが、それでもかなりの時間になるのである種の依存と思われても仕方が無い。現実逃避と夢想というものはよく似ていて、宛もないことを思いめぐらすことである。順番でいえば、現実逃避が夢想に変わった感じであるが、別に進化のようなカッコイイものではなく、最近に始まっていた訳ではないという己の中の認識の変化である。こんなものは仕事のようにやっていればお金がもらえる訳でもない、なんの価値もないといえばそうだろう。こんなわたしを客観的に見ても実に愚かだと思う。しかし簡単にはやめられないのだ。こんなことを書いてると「言い訳だ」「甘えだ」「逃げだ」というような言葉が頭に響くこともある。自分の中にもそんなことを言ってくる色眼鏡をかけた偽善者が存在する。とは言うもののやはりこれらの行為は世俗的にはあまり望ましくないもののようだ。己も少しばかりその世俗の洗脳に遭っているのでこんなわたしを情けないと自覚はしている。

『現実は時に人を殺す。しかし人それぞれ境遇は異なり、全く同じ理由で死ぬ人は存在しない。現実逃避も同じだ。人それぞれ(自覚しているか否かは置いといて)それをする理由がある。つまり死ぬのも生きるのもそれをする理由は自分だけのものである。現実から逃げているということは極端にいえば自分の命を守っていることにもなる。なぜなら人は現実を見続けると挙句の果てに(自分に)殺されるのだから。だから現実逃避をするということはある意味善を尽くしているともいえるのではと思う。もちろんこれはシチュエーションにもよるので一概には言えないのだけど。空想の世界は誰にも干渉されない、すべてが自由、辻褄が合わなくともすべてが思い通り、まる自分が神になったかのような気持ちになるという実にカオスなもの。これが現実逃避、かっこよくいうと、夢想の長所である。とわたしは思う。どうしてこれが価値がないものだと言えるのだろうか?』

というグダグダな理屈によって、現実逃避はさっき述べた言い訳、甘え、逃げ、愚かなどというバイアスがかかった言葉で表せるものでは更々ないことを主張したい。若干欺瞞じみている気がするのはこんなことをしていても小説家にでもなって売れない限り生産性はないし目に見える報酬もない。資本主義の影響もあるのか、そんな自分だけの世界に閉じこもっていると、やはり怠惰な奴だとしか思われないからだろう。というのは承知している。しかしわたしが夢想家であることは、わたしが言わない限り誰にも気づかれない。そこにあるのは快楽的な孤独と無限の可能性に満ちた神秘的な時間のみ、それから一抹の癒しというわたしにしか知り得ない報酬である。無論わたし以外にも現実から目を背けリアルの世界とは別に自分の世界を作りそこに依存している人というのはそれなりにいるのであろう。ありきたりな話かもしれないが従来それはごく自然なことであったと言いたい。

長々と現実逃避の魅力を語ったが、なんだかんだそれは「リアルの世界」の影響を受けているものと思う。起因がなければ現実逃避もしようがない。こんな現実を見た、それが辛かった、だから勝手に頭の中で変えてしまえばいい、という少し病的なそれであるが、私は結局それをすることによって現実世界とのバランスを取り、救われてしまっている。生かされてしまっているのである。

人間は自殺する生き物・・というフレーズをどこかで聞いたことがある。確かに自殺をするのは人間という生き物だけだ。そもそもほかの動物は「死」という概念すら知らないと、小学校か中学校の頃に国語の授業で習った気がする。死ぬというのはネガティブな意味で捉えられがちだが、深く考えればそうとも言いきれない。人間の本能は死に逆らっているのである。それを 正しい と読むか、生きにくいと解釈するかは個人の自由だ。死ぬというのもまたひとつの冒険であると思う。冒険というと響きがよく聞こえるが、これはわたしの夢想の一部だ。

ここまで夢想はいいもんだということをあれこれと述べた。同時に現実というものもお構い無しにここに存在する。わたしはそんな現実と「わたしだけの世界」を上手く平行させ、ポジティブに言えばどのように生きていくか、ネガティブに言えばどのように死を待つのか。同じ「生きる」でもそのやり方は沢山ある。命に絶望を感じながらも無意識に命を助けてしまっているこの「夢想」というものの不思議な力は、今日もわたしの潜在意識の中に溺れ続ける。

 

 

場面緘黙

自分は物心ついた頃から高校を卒業するまで場面緘黙症の傾向があった。

約20年弱、場面緘黙の症状が激しかった頃から、少し話せるようになった現在までの経過を少し書いてみようと思う。

長々と自分勝手な内容になるので、しんどくなるようなら飛ばし読みくらいにしてもらえたらと思う。

 

【そもそも場面緘黙って何か?】

場面緘黙(ばめんかんもく)

簡単に説明すると、場所や場合によって話せたり、全く話せなくなってしまったりする現象

である。

 

人によって症状は様々だが、私の場合は学校に行くと体が思うように動かなかったり、声を出そうとすると苦しくなったりする。

 

抵抗なく話せる人は、

「なんであの子は話さないんだろう」

「ただ声を出せばいいだけなのに」

「声を出すことなんて簡単なのに」

と思ってしまうだろう。

 

しかし、場面緘黙の人(少なくとも自分)は、そんな“簡単なこと”ができずにいつも悩んでいるのだ。

 

普段声を出すことに抵抗のない人でも、授業中やひとりでいる時に、いきなり大声で叫ぼうとしてみると、何か躊躇いを感じるかと思う。

「今は話すべきではない」 「今は黙っていた方が安全だ」 などと考え、

そこから「声を出さないという選択」に至ると思う。

 

場面緘黙の場合は、皆が普通に声を出せるような状況でも、何かしらの抵抗や不安によって、声が出せなくなってしまうのだ。

家庭では普通に喋れるのに、学校に行った途端に声が出せず自分の気持ちを伝えられなくなるということは非常に苦しいことである。

特に 挨拶や、「ありがとう」「ごめんなさい」などの言葉を伝えられないことで、相手にはあらぬ誤解をされたりもする。

クラスメイトには不審に思われ、先生からは注意され。

何度も自分が学校で話しているイメージトレーニングをするも、いざとなると喉の奥が硬直し、声を出すことが出来ない。

自分でもその抵抗が何なのかわからず、解決策もわからず、周りにもなかなか理解されず、そんな自分をせめることしかできなくなってしまう。

それが「場面緘黙」という症状だと私は考える。

 

高校や大学を卒業した今でも、場所や場合によって、「話す」というより「声を出す」ということに多少の抵抗を感じる。

 

以下、私自身の緘黙について軽く話してみようと思う。

 

〈昔〉

親から聞いた話であるが、私は幼い頃アパートの二階に住んでおり、少しでも音を立てると一階の住人に静かにしろと毎日のように怒鳴られていたそう。

そんな毎日を繰り返す中、何度か痙攣を起こすようになったらしい。(覚えてないが)

場面緘黙が先天的なものなのかは分からないが、後天的なもので何か原因があるのだとすれば、自分の場合はこれが原因ではないかと思っている。

 

〈幼稚園〉

幼稚園の年中(5歳)くらいからは、"家と外での居心地の違い"を感じるようになっていた。

年長になると"幼稚園ではお喋りをしない自分"をはっきりと自覚していた。

先生に挨拶ができない・大きな声で返事ができない・幼稚園ではあまり笑わない自分だった。

朝の会の歌は口パク、出欠確認では自分の番が近づくにつれて心臓がバクバク、いざ自分の番になると蚊の鳴くような声で返事をし、聞き返されるのが日常的だった。

あと、レクでよくやっていた

フルーツバスケット」や

「だるまさんがころんだ」

など、「鬼が大声を出さなければならないゲーム」では、自分が鬼にならないかという不安と恐怖で終始動悸が止まらなかった記憶がある。

 

〈小学校時代〉

小学校の頃は、日直や発表などの前日は眠れないくらい恐れていた気がする。
クラスメイトからは、悪口を言われたり、物を隠されたり、手首をつねられたり、図書室の机の下で説教をされたりもした。
進級していくうちに、話しかけてくれる数少ない友人ともクラスが離れ、高学年になると誰とも話せなくなり常に一人で過ごしていた。

知り合いのいない場所でまた1から人間関係を作りたいと強く考えていたが、学区外の中学校に行くには住所変更をしなくてはならないため厳しかった。

私立中学校の受験も経済的に厳しく、渋々地元の中学に進学した。
この頃は自分の内弁慶な"性格の問題"だと思っていた。

 

〈中学時代〉
中学校でも入学式の時から固まっていた。
部活動(運動部)には一応入ったが、実力が発揮できないことや周りとの差にショックを受け、精神が耐えられずさぼる日が多かった。

先輩などにも挨拶ができず、いつも遭遇しないように遠回りしていた。

よく考えてみれば、この頃から常に人と違う行動をするようになっていた。

もちろん話せる友人など1人も出来なかった。
そんな色褪せた悩みにも限界を感じ、高校進学を気に変わると決意し、高校は知り合いのいない高校に進学した。

 

〈高校進学後も…〉
知り合いのいない高校に進学するということ、つまり私が無口であることを知っている人がいないという、友達を作る絶好のチャンス。

期待が多い分プレッシャーや、もしも失敗したら…という不安があった。

運が悪かったのか、入学式の時から私の周りには案外誰かと話している人ばかりで中々溶け込んでいける雰囲気ではなく、その中でただひとり黙っているだけの自分がいた。
もうここには話せない私を知っているのは誰もいないと思っていたのだが、ひとりいた。それは自分自身だった。

友達と楽しく笑ったり話したりする「自分」を想像することが如何せん出来なかったのだ。

時間が経つほど変わるのは難しく、緘黙だけでなく緘動のような症状があった。

本来ならば自由に動ける休み時間も緊張は取れず身体はひたすら固まっていた。

休み時間だけでなく授業中にも動悸がしたり、人の視線が気になって席からあまり動けなかった。

部活動での青春は、それが出来なかった中学時代からの憧れだったため、思い切ってその高校で盛んだった吹奏楽部に入部した。
しかし中学の頃同様、実力を発揮できないため練習にも力が入らず休みがちになり、周りに迷惑をかけるだけで罪悪感と後悔だけが残った。
練習を怠けては先輩や先生に怒られるばかり。
部活に入ったことを後悔することしかできず「こんなはずじゃなかった」と思いながらも、自分ひとりではどうすることも出来なかった。
一番辛かったのは、休み時間である。
休み時間も常に1人で時間を潰していた。
食事をするのも億劫で、トイレに篭ったり、勉強をしているふりをしながらクラスメイトの話に聞き耳立てたり。
そんなつまらない毎日であった。
青春とは縁のない人間なんだなと悟ったのも高校時代である。

高校生になると周りも大人になるので、気を使われながらも周りの目線が痛いなど色々と複雑だった。
小学生の時から変われると信じていた理想の高校生ライフとはかけ離れた3年間だった。

今となっては笑い話だが、キラキラした青春を経験してきた同年代の人達と比べてしまうとやはり少し寂しかったと感じる。

もう二度とあんな高校生活送りたくない、と思う反面、もう一度喋れる人間としてやり直したいという気もする。

 

〈やっと高校卒業…〉
高校卒業後は、自分を変えるためにバイトに挑戦したりもした。
バイトでもはじめは思うように声が出なかった。
時間が経っても大きな声は出せず挨拶と返事で精一杯だった。


この頃一番悩んでいた事は、「話したいと思っても自分自身で抑えてしまうという」謎の葛藤だった。

これを不思議に思い、ネットで検索しているうちに「場面緘黙症」という症状を知った。 
この時やっと、十数年間悩まされてきたものの正体を見つけることができた気がした。

自分以外にも同じ悩みを持つ人が沢山いると知り、これがきっかけでTwitterで「場面緘黙アカウント」を作成。

それまで自分以外にもこんな人間がいるなんて知らなかったため、1人ではないんだなという安堵感を覚えた。

今は場面緘黙の話題だけではなく、自分の好きなことや楽しいと思えることも見つけていきたいと思っているので、あまり自分に「場面緘黙症」というラベリングはしたくないと思っている。

 

ちなみにこの症状の名前を知る前は、 家族から揶揄われていたように、自分の極度な内弁慶な性格のせいだと思いこんでおり学校などで話せなくなる自分を

「変わったヤツ」

「ダメ人間」

「人より劣っている」

と思っていた。

それも十数年という決して短くない時間であったので、まだ自分をそう思っている節がある。

同じ症状に十何年も悩み続ける自分にも嫌気がさす。

しかしその怒りは何処にぶつけたらよいのだろうか。

色々考えた結果

「自信」「自己肯定感」「運」

このようなものが自分には足りないと気づいた。

それからネットで見つけたとある方法を試してみたりもした。

(これは私自身が実際に行った方法)

"自信をつける・運をよくするためには…"

という内容の記事に書いてあったこと、それは

「日常の何気ないことに感謝する」ということだった。

本当に単純だが、この記事に書いてあったとおり、できるだけ日常の中でちいさな幸せを探すことを意識していたら、なんとなく徐々に自信がついていくような気がしたのだ。

「着る服がある」

「ご飯が食べられる」

「寝る布団がある」

なんでもいいからこれらのことにいちいち「ありがとうございます」と心の中で思うだけ。

あとは、常に「誰かが見てくれている」と思うことだ。それによってモチベが少しでも上がるならばよかった。

本当になんとなくだが、この時期から少しずつ本当に自信が付いていくような気がした。

 

〈大学では〉

そのお陰か、大学に進学する際にはなんとかクラスの人と話すことが出来、なんとか学校で話せる友人を作ることが出来た。

これも近くの席に似たような性格の子がいた、などという運がついてきてくれたからなのかも知れない。

大声を出したりするのは苦手だったが、緘黙が激しい時に比べれば発言数も増えたと思う。

ただ、やはり的外れな発言をして周囲を困惑させたり、同年代の人の趣味や話には中々ついていけなかった。特にグループワークが苦手だった。

昼休憩でも、同級生との話題によく困った。

 

〈社会人になって〉

社会人になっても、話すことへの抵抗は完全に消えたわけではない。
新卒で入った職場でも、物覚えが悪いためにミスを繰り返したり、上手くコミュニケーションができずに誤解をさせたり。

周りの人に迷惑をかけることが多く、自分自身にも嫌気がし、色々限界を感じて1年で退職した。

 

それから精神科に行ってみたのだが、発達障害や、社交不安障害などの診断は受けなかった。

一応、そこで処方された抗不安薬抗うつ薬うつ病というわけではないが)

を、飲むようになってから、くよくよ考えたりすることがなくなって少しずつ生活が楽にはなった(ような気がする)。

また、認知行動療法という、考え方(私の場合は必要以上のネガティブ思考)のクセをなくすトレーニング?もしている。

それのお陰なのか、仕事を辞めたからなのか

分からないが、なんとなく少し精神的には楽になった気がしないでもない。


緘黙の話に戻るが、

どこからが克服といえるものなのか、いまいち分からないが、今ではなんとか喋ることに抵抗はなくなってきてはいる。

しかし状況によっては、自分の言葉を発するのに抵抗を感じることも多々ある。
とりあえず、少しずつ、できる時に、できることから頑張っているつもりだ。

学校などで話せずに困っている人の中には、「場面緘黙(ばめんかんもく)症」という名前すら知らずに苦しんでいる人もたくさんいるかと思う。

それによって、友達から仲間はずれにされたり、いじめを受けたりなんてことも少なくないだろう。

そのようなことが続くと、何も悪いことをしている訳でない自分自身を責めてしまうかも知れない。
私自身がそうだったから。
だから、少しでも多くの人に「話せないことには訳がある」ことを知ってもらいたい。

個人的な話だが、緘黙症の二次障害(後遺症?)として、「人格障害」のようなものを持っているような気がする。

回避性人格障害境界性人格障害など色々と調べてみたが、幾つか当てはまるものがある(診断はまだ受けていない)。
「家にいる時の話せる自分」
「外にいる時のコミュ障な自分」
「1人で考え事をしたり空想に耽っている自分」
まあ、誰にもこんな側面はあるであろうが、それらを他人に見られるのが苦手だ。
これが友達ができにくい原因なのだろうか。

長々と自分語りをしてしまったが、とりあえず、緘黙について話し出すと暗い話しか出てこない。

明るい話など何も無い。

緘黙によって失ったもの(手に入れられなかったもの)へのショックは大きく、今後の人生にも後遺症として残るものも沢山あるだろう。

そして死ぬまで執着するだろう。

20年弱も付き纏っていたこの緘黙という症状は、これからも記憶から消えてくれることのない宿痾のようなものだと思っている。

緘黙のみならず、このように人を不幸にしかしない病は、一刻も早くこの世からなくなって欲しいと願うばかりである。

 

自己紹介

はじめまして。

自分のことをよく分かっていない人間が自己紹介をするのもおかしな話ですが、現時点で自分はこんな人間だと思うところをできる限り挙げて、自己紹介をしてみたいと思います。

 

 

【名前】

吾輩は(愚かな)人間である。名前はまだない。

 

【年齢】

1990年代後半。

 

【性格】

★多重人格(特にネット上で。真面目な口調になったり男っぽくなったりする。ブログの文体もよく変わると思うが別に故意ではないから許してほしい)

★人と馴れ合うのが下手

★コミュ障(しかし最近の自称コミュ障は趣味が偏っていたり特定の人間となら馴れ合えるって奴もいるから、自分が「コミュ障」っていってしまっていいのか分からん)

★馴れ合いたいけど、馴れ合ってるじぶんはじぶんでないみたいな感情が湧き出てきて気持ち悪くなる

★怠惰なくせに完璧主義。ブログも、はじめはテキトーに書くけど、後になって誤字脱字とか日本語が気になって納得が行くまでちょこちょこ変えてる。(笑)

常に実力以上のものを自分に求めてしまうくせに、何も努力しない。自分に関してはどこまでもネガティブ。というか面倒くさがりでもはや生きてるのもめんどくさい。

★でも基本的にはポジティブ。ポジティブじゃなかったら多分ここまで生きてない

★否定やダメ出しに弱い。ダメ出しされると一生引き摺る。できればそういう人とは距離を置きたい…

★幼少期は家族や学校の先生から「内弁慶」「もやしっ子」「変わってる」などと言われていた。

★人に心を開けない。信頼してる人にも。リアルに全てを晒け出せる関係なんて一生無理だと思ってるし、別に無理でいい。だから親友を作れる人が羨ましい。羨ましいと思ってるだけで欲しいとは言ってない。ていうか欲しいとさえ思わないけどね。そんなの自分には、妄想の中だけで充分。

★同族嫌悪や僻み妬み嫉妬は多いが基本的に人間には無関心なので度を越してそれをするくらいならブロックするタイプ、一度関わると切りにくくなるから出会う前に切る。無理に関わらないことによって自我を保つようにしている(ここで己に自我などないことに気づく)。

★根っから幸せそうな人を恨んだりはしない。自分に関わってくるとなると話は(どっちの方向にも)変わる

★ある程度のデリカシーやらモラルはあるつもり。しかし時に崩壊する。

★あとはなんだろう、根暗な時の方が多いが、テンションが高い時はキチガイ並みに高い。行動力も然り。(躁鬱???)その基準はよくわからん。とりあえず元気な時は元気で、暗い時は暗い。文体とか使う顔文字や絵文字も日によってバラバラ。

★無意味な苦痛が好きではないので「快楽主義」と自称しとく。

★とにかく教養がなく自分については何も定まっていない。

★厚意を向けてくれる人には厚意で返すし、憎しみを向けてくる人には憎しみで返す。本当にそれだけ。薄っぺらい人間。

色々と挙げてみたが、これらは全てTPOにより信憑性が変わる。とにかくカオスだ。

 

【性別】
性別にも色々あると思ってる。例えば、身体(見た目)の性別、心の性別、性的指向とかね。大半の人は「見た目」の性別で男か女かを判断していると思う。私も見た目は女だが、その他についてはまた今度語ってみるわ。
(別にLGBTというわけではない。多分。というか、そうやってわざわざ括るのが窮屈で息苦しいだけだ。)

 

【趣味】

★都合のいい空想や妄想

★音楽を聴いて一人で騒ぐ()

★百均での買い物。多い時で週一くらい百均に行く。なにか買わない時はフラフラするだけ

★人間観察(??)

 

妄想について。

あんまり現実的でなかったりリアルの生活に生かせなかったり生産性のないことばかり。

特に、自分が男の子に生まれ変わったとして人生を設計していくのは楽しい。

音楽のジャンルについて。

ジャンルを問われると特に決まったジャンルではないのだが、その時その時のキブンでいろんな曲を聴く。

童謡とか合唱曲もたまーに聞いている(若さを取り戻したいなどという理由で)

あとはJPOPとか、アニソンとか、KPOP、あと高校生の頃は、ボカロにハマっていたので(最近の曲はわからんが)ボカロも知ってる。とにかく色々、ランキングとか流行りの曲を検索して、ランダムに聴いている感じです。

あとは中学の頃英語の授業で聞いた洋楽なども少し聞く。

これら全て狭く浅くだ。

買い物について。

安くて面白いものが沢山売ってるから、好きな店は?と聞かれたら百均と答えてしまうかも。とくによく行くのはダイソーかな。

人間観察について。

暇な時は、有名人などのWikipediaなどを見たりもしている。特に目的はないが、色々な人生を見るのが楽しい。

 

【これまでの人生】

何も無かったといえば何も無かった。

色々あったといえばそれはもうゴミ山のように沢山ある。それら全てが結局のところ黒歴史と化しているので何も無かったということにしてるのかもしれん。その9割くらいは多分「場面緘黙症」のせい。このクソみたいな症状ついて詳しくはあとの記事で書く。まあ、普通の健常的な人間にはわからないと思うが、名前の通り、特定の場所や場面になると「黙ってしまう」っていう、自分でも「なんだこれ??」って感じの気持ち悪い病気(?)。

今も生きることに対して前向きになれないというか、ネガティブを極めた思考回路のせいで上手くいかないことが多い。

 

【方向性】

特にない。いちいち考えると頭痛くなる。とりあえずSNSでは自分と似たような人と繋がり、情報交換とか、コミュニケーションの練習をしていきたい。というか今までもしてきたのだが、あまりリアルの生活は変わらないのに疲労は溜まるってのが本音。しかし、気軽にできるという点ではすごく便利だなと思ってるので、これからもTwitterはてなブログなどのSNSを通して、人と関わり、人に慣れることが出来ればいい。という所存。

 

とりあえず自分についてはこんな感じです。自己表現が下手だが、その辺もこれから磨いていけるように、ブログを始めてみた。

ほぼ自己満足だが。

記事についてはこっそり書き直したりする。

その際特に報告とかはしない。

 

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受け売りが多いです

でも嘘は書きません

軸がないので言ってることやってること全部めちゃくちゃで、変人と思われ距離を置かれがちです。

ブログもあんまり自分の言葉で書いてません。

(勿論治したいし自分の真の意見言える人間になりたいよ)

まあ、よろしくお願いします

 

なんとなく

漠然と日々を過ごしてるだけの人生に嫌気がさしてたのはもう数年くらい前からなんですが、2018年になって既に1.5か月も経ってることに焦りを感じずにはいられなかった。

最近なんかしたっけ?って考えてみても何も覚えてないな。って感じで。

頭に残る出来事がないまま、虚しく歳を取るのも嫌なので忘れないためにも

とりあえず書きだしてみようかな~と思ったりして。

その手段は色々あるが、新し物好きってこともありブログをやってみたくなった。

(「Twitter」や「Decooリアル」というサイトなども使っていますが)別に大した理由なんてなくただの思いつきです。

自己紹介とかしてみようと思ったけど、特に語るほどのものが思いつかないので今はしません…

何故、色んなブログサイトがある中ではてなブログにしたかというと、別に大した理由じゃないんですけど、TwitterのフォロワーがやってるのをTwitterで最近よく見るからです。はい。

物心ついた頃から感情を押し殺して生きてきてしまった(故意ではない)ため、感性が鈍って(死んで?)しまい、内容がナイヨーって感じの毎日を生きてるわけですが、それでも定期的に更新するのが目標です。

虚ろな気持になりがちですが、とりあえず生きてる実感が少しでも得られればいいと思ってる。

自己満足でしかないので濃い内容は期待しないほうがよい。

そもそも読んでくれる人いるか分からんが。