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死神に取り憑かれた何か

場面緘黙

自分は物心ついた頃から高校を卒業するまで場面緘黙症の傾向があった。

約20年弱、場面緘黙の症状が激しかった頃から、少し話せるようになった現在までの経過、あとはそのきっかけのようなものを少し書いてみようと思う。

長々と自分勝手な内容になるので、しんどくなるようなら飛ばし読みくらいにしてもらえたらと思う。

 

【そもそも場面緘黙って何か?】

場面緘黙(ばめんかんもく)

簡単に説明すると、場所や場合によって話せたり、全く話せなくなってしまったりする現象

である。

 

人によって症状は様々だが、私の場合は学校に行くと体が思うように動かなかったり、声を出そうとすると苦しくなったりする。

 

抵抗なく話せる人は、

「なんであの子は話さないんだろう」

「ただ声を出せばいいだけなのに」

「声を出すことなんて簡単なのに」

と思ってしまうだろう。

 

しかし、場面緘黙の人(少なくとも自分)は、そんな“簡単なこと”ができずにいつも悩んでいるのだ。

 

普段声を出すことに抵抗のない人でも、授業中やひとりでいる時に、いきなり大声で叫ぼうとしてみると、何か躊躇いを感じるかと思う。

「今は話すべきではない」 「今は黙っていた方が安全だ」 などと考え、

そこから「声を出さないという選択」に至ると思う。

 

場面緘黙の場合は、皆が普通に声を出せるような状況でも、何かしらの抵抗や不安によって、声が出せなくなってしまうのだ。

家庭では普通に喋れるのに、学校に行った途端に声が出せず自分の気持ちを伝えられなくなるということは非常に苦しいことである。

特に 挨拶や、「ありがとう」「ごめんなさい」などの言葉を伝えられないことで、相手にはあらぬ誤解をされたりもする。

クラスメイトには不審に思われ、先生からは注意され。

何度も自分が学校で話しているイメージトレーニングをするも、いざとなると喉の奥が硬直し、声を出すことが出来ない。

自分でもその抵抗が何なのかわからず、解決策もわからず、周りにもなかなか理解されず、そんな自分をせめることしかできなくなってしまう。

それが「場面緘黙」という症状だと私は考える。

 

高校や大学を卒業した今でも、場所や場合によって、「話す」というより「声を出す」ということに多少の抵抗を感じる。

 

以下、私自身の緘黙について軽く話してみようと思う。

 

〈昔〉

親から聞いた話であるが、私は幼い頃アパートの二階に住んでおり、少しでも音を立てると一階の住人に静かにしろと毎日のように怒鳴られていたそう。

そんな毎日を繰り返す中、何度か痙攣を起こすようになったらしい。(覚えてないが)

場面緘黙が先天的なものなのかは分からないが、後天的なもので何か原因があるのだとすれば、自分の場合はこれが原因ではないかと思っている。

 

〈幼稚園〉

物心がついた頃(5歳)からは、"家と外での居心地の違い"を感じるようになっていた。

幼稚園の年長くらいになると、"幼稚園ではお喋りをしない自分"をはっきりと自覚していた。

先生に挨拶ができない・大きな声で返事ができない・幼稚園ではあまり笑わない自分だった。

朝の会の歌は口パク、出欠確認では自分の番が近づくにつれて心臓がバクバク、いざ自分の番になると蚊の鳴くような声で返事をし、聞き返されるのが日常的だった。

あと、レクでよくやっていた

フルーツバスケット」や

「だるまさんがころんだ」

など、「鬼が大声を出さなければならないゲーム」では、自分が鬼にならないかという不安と恐怖で終始動悸が止まらなかった記憶がある。

 

〈小学校時代〉

小学校の頃は、日直や発表などの前日は眠れないくらい恐れていた気がする。
クラスメイトからは、悪口を言われたり、物を隠されたり、手首をつねられたり、図書室の机の下で説教をされたり、髪で遊ばれたりした。人前で食事をすることも苦手で、給食の時間が終わっても食べ終わらずに給食室まで1人で食器を返しに行く事が多かった。
進級していくうちに、話しかけてくれる数少ない友人ともクラスが離れ、高学年になると誰とも話せなくなり常に一人で過ごしていた。

学校行事や授業参観で、親が学校に来ている時間は地獄だった。通知表の、先生からの一言の欄には毎回「大人しすぎる」ということが書いてあり、それを親に見られるのが大嫌いだった。

知り合いのいない場所でまた1から人間関係を作りたいと強く考えていたが、学区外の中学校に行くには住所変更をしなくてはならないため厳しかった。

私立中学校の受験も経済的に厳しく、渋々地元の中学に進学した。
この頃は自分の内弁慶な"性格の問題"だと思っていた。

 

〈中学時代〉
中学校でも入学式の時から固まっていた。
部活動(運動部)には一応入ったが、実力が発揮できないことや周りとの差にショックを受け、精神が耐えられずさぼる日が多かった。

先輩などにも挨拶ができず、いつも遭遇しないように遠回りしていた。

よく考えてみれば、この頃から常に人と違う行動をするようになっていた。

無論話せる友人など1人も出来なかった。
そんな色褪せた悩みにも限界を感じ、高校進学を気に変わると決意し、高校は知り合いのいない高校に進学した。

 

〈高校進学後も…〉
知り合いのいない高校に進学するということ、つまり私が無口であることを知っている人がいないという、友達を作る絶好のチャンス。

期待が多い分プレッシャーや、もしも失敗したら…という不安があった。

運が悪かったのか、入学式の時から私の周りには案外誰かと話している人ばかりで中々溶け込んでいける雰囲気ではなく、その中でただひとり黙っているだけの自分がいた。
もうここには話せない私を知っているのは誰もいないと思っていたのだが、ひとりいた。それは自分自身だった。

友達と楽しく笑ったり話したりする「自分」を想像することが如何せん出来なかったのだ。

時間が経つほど変わるのは難しく、緘黙だけでなく緘動のような症状があった。

本来ならば自由に動ける休み時間も緊張は取れず身体はひたすら固まっていた。

休み時間だけでなく授業中にも動悸がしたり、人の視線が気になって席からあまり動けなかった。

部活動での青春は、それが出来なかった中学時代からの憧れだったため、思い切ってその高校で盛んだった吹奏楽部に入部した。
しかし中学の頃同様、実力を発揮できないため練習にも力が入らず休みがちになり、周りに迷惑をかけるだけで罪悪感と後悔だけが残った。
練習を怠けては先輩や先生に怒られるばかり。
部活に入ったことを後悔することしかできず「こんなはずじゃなかった」と思いながらも、自分ひとりではどうすることも出来なかった。
一番辛かったのは、休み時間である。
休み時間も常に1人で時間を潰していた。
食事をするのも億劫で、トイレに篭ったり、勉強をしているふりをしながらクラスメイトの話に聞き耳立てたり。
そんなつまらない毎日であった。
青春とは縁のない人間なんだなと悟ったのも高校時代である。

高校生になると周りも大人になるので、気を使われながらも周りの目線が痛いなど色々と複雑だった。
小学生の時から変われると信じていた理想の高校生ライフとはかけ離れた3年間だった。

今となっては笑い話だが、キラキラした青春を経験してきた同年代の人達と比べてしまうとやはり少し寂しかったと感じる。

もう二度とあんな高校生活送りたくない、と思う反面、もう一度喋れる人間としてやり直したいという気もする。

 

〈やっと高校卒業…〉
高校卒業後は、自分を変えるためにバイトに挑戦したりもした。
バイトでもはじめは思うように声が出なかった。
時間が経っても大きな声は出せず挨拶と返事で精一杯だった。


この頃一番悩んでいた事は、「話したいと思っても自分自身で抑えてしまうという」謎の葛藤だった。

これを不思議に思い、ネットで検索しているうちに「場面緘黙症」という症状を知った。 
この時やっと、十数年間悩まされてきたものの正体を見つけることができた気がした。

自分以外にも同じ悩みを持つ人が沢山いると知り、これがきっかけでTwitterで「場面緘黙アカウント」を作成。

それまで自分以外にもこんな人間がいるなんて知らなかったため、1人ではないんだなという安堵感を覚えた。

今は場面緘黙の話題だけではなく、自分の好きなことや楽しいと思えることも見つけていきたいと思っているので、あまり自分に「場面緘黙症」というラベリングはしたくないと思っている。

 

ちなみにこの症状の名前を知る前は、 家族から揶揄われていたように、自分の極度な内弁慶な性格のせいだと思いこんでおり学校などで話せなくなる自分を

「変わったヤツ」

「ダメ人間」

「人より劣っている」

と思っていた。

それも十数年という決して短くない時間であったので、まだ自分をそう思っている節がある。

同じ症状に十何年も悩み続ける自分にも嫌気がさす。

しかしその怒りは何処にぶつけたらよいのだろうか。

色々考えた結果

「自信」「自己肯定感」「運」

このようなものが自分には足りないと気づいた。

それからネットで見つけたとある方法を試してみたりもした。

(これは私自身が実際に行った方法)

"自信をつける・運をよくするためには…"

という内容の記事に書いてあったこと、それは

「日常の何気ないことに感謝する」ということだった。

本当に単純だが、この記事に書いてあったとおり、できるだけ日常の中でちいさな幸せを探すことを意識していたら、なんとなく徐々に自信がついていくような気がしたのだ。

「着る服がある」

「蛇口をひねると水が出てくる」

「ご飯がおいしい」

「寝る布団がある」

なんでもいいから、これらのことにいちいち「ありがとうございます」と心の中で思うこと。

あとは、常に「誰かが見てくれている」と思うことだ。それによって日常生活へのモチベーションが少しでも上がるならばよかった。

なんとなくだが、この時期から少しずつ自分の存在に自信が付いていくような気がした。

 

〈大学では〉

運が良かったのか、大学の入学式の時に隣になった席の人と話すことが出来た。

それから少しずつだが同級生と言葉のキャッチボールが出来るようになった。例えるなら子供用の小さいバドミントンで懸命にラリーをしているような感じだった。自分が喋ったり笑ったりしても特に驚かれないと言うことが、そんなことがただ嬉しかった。その相手はよく頷いてくれ、しっかり自分の存在を認めてくれているんだなと感じて嬉しかった。そして最初は抵抗があった、自分の意見をいうことにも慣れてきた。自分を認めてくれる人はまだ居たという安心感を覚えた。その人のお陰で学校行事もまあまあ楽しめた。考え方も少しだけ変わった。暗いだけの無口から、無個性なコミュ障へと自分の中で評価が上がった。コミュニケーションへの不安は消えた訳では無いが、もう緘黙は克服できたと思い込んでいた。

大声を出したりするのは苦手だったが、緘黙が激しい時に比べれば自分の意見を言うことにも慣れ、発言数も増えたと思う。

ただ、やはり的外れな発言をして周囲を困惑させたり、同年代の人の趣味や話には中々ついていけなかった。特にグループワークが苦手だった。昼休憩でも、同級生との話題によく困った。

卒業する時、自分は人前で話せる人間になったという証明(自己満足)がしたくなって、「卒研発表会で全学生の前で発表をしてほしい」という教授の頼みを喜んで受けいれていた。これは毎年数名の卒業生が発表しているもので、見ている方は眠くなるだけだが、発表する側はそれなりの準備をしなくてはならないし殆どの人はやりたがらない。私は承認欲求が強かったため不自然に張り切っていたと思う。本番では案外緊張せずに吃らずに話せた。声を出すのもそこまで怖くはなかった。自分ながら頑張ったと思う。高校時代までの自分には到底出来なかったと思うので周りの人にはたくさん褒めて欲しい。私以外の発表者が感じるような達成感も少しはあったが、高校までの同級生が見たらきっと驚くであろう、大人数の前で話している私を見ても特別驚かれないということが私は一番嬉しかった。

 

〈社会人になって〉

社会人になっても、話すことへの抵抗は完全に消えたわけではない。新卒で入社した職場では、話せないこと以外にも自分のダメなところが次々と顕著になっていった。物覚えが悪いために何度も同じことを聞いたり、それを指摘されてから自分で判断してはミスを繰り返したり、上手くコミュニケーションができずに誤解をさせたりした。そんなことをしているうちに、自分はダメな人間だという思い込みや、常に上司に陰口を言われているという被害妄想のようなものが激しくなった。仕事が辛くても家に帰ればプライベートが充実しているという訳でもなかった。趣味もないし気晴らしもできない、休日に遊ぶような友達もおらず職場では周囲の人間の機嫌ばかり伺っている自分自身に嫌気がし、色々と限界を感じて1年でその職場を辞めてしまった。

 

それから精神科に行ってみたのだが、発達障害や、社交不安障害などの診断は受けなかった。

自分がどういう状態なのかはっきりしないまま、抗不安薬抗うつ薬うつ病というわけではないが)を処方された。効き目はよく分からないが、副作用の眠気が強く、今までくよくよ考えていた時間が睡眠時間に変わったくらいだ。それから暫く昼夜逆転気味の生活になった。

また、認知行動療法という、考え方(私の場合は必要以上のネガティブ思考)のクセをなくすトレーニングもしている。

正直、精神的に楽になったような感じはない。


緘黙の話に戻るが、

どこからが克服といえるものなのか、いまいち分からないが、今ではなんとか喋ることに抵抗はなくなってきてはいる。

しかし状況によっては、自分の言葉を発するのに抵抗を感じることも多々ある。
とりあえず、少しずつ、できる時に、できることから頑張っているつもりだ。

学校などで話せずに困っている人の中には、「場面緘黙(ばめんかんもく)症」という名前すら知らずに苦しんでいる人もたくさんいるかと思う。

それによって、友達から仲間はずれにされたり、いじめを受けたりなんてことも少なくないだろう。

そのようなことが続くと、何も悪いことをしている訳でない自分自身を責めてしまうかも知れない。
私自身がそうだったから。
だから、少しでも多くの人に「話せないことには訳がある」ことを知ってもらいたい。

個人的な話だが、緘黙症の二次障害(後遺症?)として、「人格障害」のようなものを持っているような気がする。

回避性人格障害境界性人格障害など色々と調べてみたが、幾つか当てはまるものがある(診断はまだ受けていない)。
「家にいる時の話せる自分」
「外にいる時のコミュ障な自分」
「1人で考え事をしたり空想に耽っている自分」
まあ、誰にもこんな側面はあるであろうが、それらを他人に見られるのが苦手だ。
これが友達ができにくい原因なのだろうか。

長々と自分語りをしてしまったが、とりあえず、緘黙について話し出すと暗い話しか出てこない。

明るい話など何も無い。

緘黙によって失ったもの(手に入れられなかったもの)へのショックは大きく、今後の人生にも後遺症として残るものも沢山あるだろう。

そして死ぬまで執着するだろう。

20年弱も付き纏っていたこの緘黙という症状は、これからも記憶から消えてくれることのない宿痾のようなものだと思っている。

緘黙のみならず、このように人を不幸にしかしない病は、一刻も早くこの世からなくなって欲しいと願うばかりである。