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死神に取り憑かれた何か

幻想の死

昨日だか一昨日だかの夜、心身が非常に怠く、眼球が痛くなったので、アイス枕とアイマスクをしてベッドに入って眠ろうとしていた。

眼球が痛い時は大体メンタルも疲弊している時だ。

まあそんなことはどうでもいい。

 

ちょっとだけその時に感じたことでも書いてみようと思う。

 

その日は割と早く寝床に入ったので寝ることに集中しすぐに寝るつもりだったのだが、人生そう上手くいくはずもなく中々寝付けなかった。

私はぼーっとすると「死」について考えてしまう暇人なので、その日も「このまま死ねたらいいのに」などと考えながら眠りにつこうとした。

しばらくすると、アイス枕のひんやりとした快感が体中に伝わってきて、魂ごと浮遊しているような感覚になった。

(寝る寸前で意識がはっきりしてなかったのと、これを書いてる現在頭があまり働かない状態なので具体的に書けないのが少し悔しい。)

重力のない宇宙空間のようなところにでぽつりと浮いていて、急に莫大な孤独感に襲われたのだ。

そしてうっすらだが過去の記憶が蘇った。

若い頃の母親の姿、今と変わらぬ祖父母の笑顔、無邪気だった自分や懐かしい子供たち。

それはあまりにも鮮明で懐かしく心が暖かくなっていったが、一線を超えた時、それは奇妙で異様な光景へと見え方が変わり気分が悪くなった。

「人は死ぬ時に人生を振り返させられる」という、どこかで聞いた言説を意識的に思い出したのもしれない。

こんなもの根拠がないし詳しいことは知らないけれど。

その瞬間は理性を持ち合わせておらず、自分の身体は単純に未知の境界への不安と恐怖で痺れていた。

しかしこれはただの幻想に過ぎないものだと思った。

というのは、自分がこんなに楽に死ねるはずがないと私は知っていたからである。

「幻想の死」とでも名付けておこう。笑

 

一体、人の魂はどこからやって来てどこに帰ってゆくのだろうか。

ふとその思考がよぎったとき、わたしの脳中にはごく最近出会った人々の存在、主にその人間の顔や、自分に向けられる表情が、流星のごとく再生されていった。

なぜだか涙が次々と溢れてきた。

この時の感情はよくわからない。

身体の反応に感情が追いつかなかったのか、思考が停止していたのかも思い出せない。

ただ強い孤独感に包まれて、魂が悲鳴をあげていた。

その孤独が人間の死の本質を表すものなのか、私の狂った脳のお遊びなのかは分からない。

死ぬということは生きるということ以上に孤独なものなのではないかと身にしみて感じてしまったのだ。

潜在意識に植え付けられた孤独感から、いつしか希死念慮を覚えるようになっていた私は、日頃ショッキングな出来事があるとすぐに「死」を願ってしまう残念な生き物であった。

死ねばすべて開放される。
生という悪夢から覚めるとそこには愉快なお花畑が広がっているものだと。

しかしこの時、人間が本能的に嫌う「死」というものは私が思うほど都合の良いものではなく、本質的な「死」というものは生きる以上に孤独なものではないかと思った。

その瞬間の私には、死への覚悟など微塵もなかったのだろう。


恐らく、私や他の人々が普段口にしてしまう「死にたい」と、この時体験した不思議な感覚である「幻想の死」には全く関連性がないと思う。