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死神に取り憑かれた何か

初めて行った精神科

今年の春頃に某メンタルクリニックに行ったことを少し後悔している。

ずっと昔からある、この説明しがたい精神的な厄介事についてはリアルの人間には誰にも話してない。もちろん親なんかにも言わず、こういう名前の診療所に人生で初めて行った。

今まで行くのを躊躇っていたのは、本当に長い間自分自身で解決できなかったものが他人の知識で解決してもらえるのかという疑問からだった(他人と言っても専門家なので、一応雰囲気だけでも見てみたいと思って気になってはいた)

その反面、今まで自分の中で解決できなかったモヤモヤの正体がはっきりするのではないかという期待もあった。

結論からいってしまえば、何も解決しなかった。

自分がプライドだけが高い無能だってことは明白な事実だか、自分が無能であるからこそ必要以上に他人に期待してしまう。最悪な人種だ。

とりあえずそのクリニックでの記憶を書く。あんまり良い内容じゃないと思うから見なくてもいい。

 

まず、精神科医の言っていたことは、誰にでもいえることであり、私個人へのアドバイスじゃなかったなと思う。

初診の時、私の身の回りの人間関係や、過去の暗い話などを沢山聞いてもらった。(主に緘黙の話)

私自身、自分の状況を整理していた(自分の状態をはっきり説明できるようにメモに書いて持っていき見てもらった)から医者側も楽だっただろう。

初めは自分の状態について色々と質問してくれた。

そこで以下のような内容の話をした。

・・・対人恐怖について。昔は初対面の人にも話せなかった。電話にでることも苦手だった。しかし時間をかけて出だしのテンプレを覚え、現在では電話に出られるようになった。流石に想定外のことを言われたら言葉に詰まってしまうが。

家族について。家族は昔から特別仲が悪い訳では無い。と思う。最近は少し崩壊しかけていて時には崩壊するが。唯一本音を声に出して話せる、良くも悪くも相手の捉え方などを考えずにエゴをぶつけられるのも家族のみ。

緘黙について。小学校後半〜中学高校は特に緘黙が酷かった。学校という空間にいるだけで身体が固まった。ひたすら人の視線に振り回されていた。感情表現、特に人前で笑うことや泣くことは怖くてできなかった。

高校選びは、大抵の人は地元の、学力にあった場所を選ぶと思うが、私は知り合いがいなさそうな場所を選んだ。当時は自分なりに必死だったのかもしれない。結局ダメだったけど。

入学後の部活動(吹奏楽)では表現をする機会が少しあったが、自分はやっとの事で表現をすることが出来ていた。でも正直追い詰められていたからだと思う。勉強も部活も人間関係も思い通りにならず、期待外れの地獄な3年間だったことを話した。

ただ感情を押し殺して耐えるだけの学校生活に慣れてしまい、これが自分の中の普通であったため緘黙の継続期間の長さに吃驚された時は複雑な気持ちになった。

大学に進学すると、似たようなタイプの子がたまたま近くにいて、会話をすることが出来た。少しずつ緘黙の症状も緩和していって、人と話すことに抵抗を感じなくなっていった。その安心感から自分にも自信がついて、卒業研究発表を全学生の前で話すこともこなせた。

しかし社会人になって、職場では、研修の段階で失敗を繰り返し、悪いイメージがついてしまったと思い込んだ。大学生活の2年間で少しは取り戻した自信を全てなくし、勝手に心が折れ、再び変な悪魔に取り憑かれるようになり、咄嗟に言葉が出ないことが多かった。

初めのうちは自分のミスは認め、謝ることが出来ていたが、いつしか自分が周りから「謝罪するロボット」のように見られているのではないかと不安で、謝ることすら苦しくなった。

否定的な思い込みが激しくなった。

それから色々と上手くいかないことが続いた・・・

 

などなど、思い出せる限り話せることを話した。

思い出してる途中で何度か涙が溢れてしまった。その医者とは初対面なので、初診では割と気を張らずに話せた。

しかし結局医者は私の話を聞くだけで、私が一体全体どういう状態なのか教えてくれなかった。私が求めていたものとは何か違う気がした。

「被害妄想が激しくて困っている。例えば職場で、陰口を言われている気がする」

といえば、医者は

「被害妄想はそんなものではない。本当の被害妄想の患者は、例えば『テレビのアナウンサーが自分の悪口を言っているんです。』と真面目な顔で言い切る。」と、半笑いで言った。

「もしかしたら自分は発達障害ではないかと思っている」と伝えると、「発達障害の人は貴方のように落ち着いて人と話せない人達だ。こういうところ(診察室)をフラフラと歩き回ったりするものだ」などと言った。極端すぎるだろ。と思ったが、そうですか。と流してしまった。

最終的に、「異常はない」というようなことを言われた。しかしそれを押し付けられたようにも感じてしまった。

「とりあえず、薬を出す」と言われ薬を貰った。

家に帰り薬を飲むと少し気分が和らいだが、時間が経てば効果が切れる。

相談室では「認知行動療法」というのを教えて貰った。簡単にいうと、ネガティブに偏ってしまっている自分の物の見方や考え方の根本を意識的に変えていくというトレーニング。

意識的に自分のネガティブ思考に気づき、それを紙に書き出し「どう考え直せば自分が楽か」を考えるという宿題が出た。

やってみて分かったことは、他人の自分に対する言動を全て悪い方向に捉えてしまっている事だった。事実がどうであれ、それを自分なりに都合よく考えていく癖をつけることでメンタルにもほんの少しずつ良い効果が出てくるらしい。

中々効果が出ないのと、自分は地道にコツコツとやるのが苦手なので非常に疲れ、正直途中で面倒臭くなって放棄し、テキトーにそれっぽく書いて提出するようになった。

薬に関しても特に大きな効果というのは感じられず、なんとなくぼーっとしたり眠くなったりすることが多くなり、夕飯前に寝てしまって生活リズムが乱れたりした。

毎週通うたびに薬と宿題を出されては、自分の中のモヤモヤが膨らんでいくだけだった。

数回通った時には、なにか違うなと思ってしまった。

私にとって、わざわざ都内の精神科に行くために電車に乗ることや、そこの医者から与えられた、毎日薬を飲んだり、考え方のトレーニングと称されたプリント式の宿題をしたりすることが、まるでさらに仕事を増やされたかのように億劫に感じ、二ヶ月ほどで通うのをやめた。

約20年間生きていて、自分なりに頑張って苦手なことを克服したことも少しはある。その結果、やっとの事で「普通」という地点に届く自分にとっては、現在の「頑張って得た普通」の状態よりも、それまでの頑張りを評価して欲しかったのかもしれない。今の状態だけを見て判断されたのなら悔しくて仕方ない。

それでも恐らく甘ったれの私は『診断名』が欲しかったのだろう。異常なしと言われて、こんなんで異常がないのはおかしいとまで思ってしまった。増々自信がなくなった。

無論あの場で医者に話したことは全体の数パーセントくらいで、ここに書いたこともそう。全てを伝えることは不可能に近いから、少しくらい誤解をされてしまうのは仕方が無いと思ってる。

あとはもう、「お前はもう変わる努力をしないのか」と責められそうだが、正直今は「変わる変わらない」以前にそれをする気力がないのだ。とりあえずは、今いる自分の位置を確認したかった。普通でもそれ以下でも、ただ居場所が欲しかったのかもしれない。自分の位置が分からないとがんばろうにもがんばれない。と私は思う。「普通の人間」が学生時代に経験するような出来事を経験出来ず、「普通の人間」に至らなかった、傍からみればただ可哀想な自分の人生を語って、何が病名を寄越せというのも図々しい話だが。そこの精神科医が障害とか病気を否定的に見ているように感じてしまった。無論、そんなの無い方が本人は楽だけど。

別にその医者を批判したい訳では無いが、ただ私が少しもやもやとしたというだけの事。

 

(長々と愚痴を零してしまいすいませんでした)