死神

ブログというよりただの掃き溜め

疑心暗鬼

恋愛感情って言うのか分かりませんが、なんとなく私も人間に興味を持ってた時期が幾らかあって、覚えてる限りですが、その時のことでも。それと高校時代のちょっとした黒歴史。人によっては気分が悪くなる若しくは貴重な時間を無駄にしてしまう可能性があるので、あまり読むことをオススメしません。じゃあなんで書いてるのかって、もちろん特に意味は無いです。自己満足ですね。

 

まずは幼稚園の時。(先に断っておくが幼稚園の記憶は無理やり引っ張り出したどうでもいい話)

自分の幼稚園は年長組が2クラスあった。隣のクラスに、自分より身長がやや低めの、Sくんという活発な男の子がいて、自分はそのSくんのことが好きだったらしい。「らしい」って言うのは、今では全くそういう感情を持った覚えがないから。ある日帰りの会が終わって、園庭で親のお迎えが来るのを待機してる、ザワザワとした時間に、同じクラスの女子達が、「〇〇(自分)ちゃんが、Sくんのこと好きなんだって~」と園庭で言いふらしていたのをうっすらと覚えているってだけ。自分は抗えずに黙っていたが、別に嫌な気分になったりはしなかった。まるで他人事のように、その女子達が面白そうに叫んでいるのを聞いていただけだった。どちらかというと、その女子達の髪飾りの色や形、靴下の模様、そういうものの方が興味深かった。私がぼーっとしていると、園児の群集の中からSくんが突然私の前に現れて 「なあ、お前、俺のこと好きなのか?」と、私の園服のボタンを触りながら得意げに聞いてきた。何度聞かれてもノーリアクションを貫いていたので、やがて飽きられ、その噂はすぐに消滅した。その頃の私は「好き」という感情を「相手を特別視する」ことだと自分なりに解釈していたが、Sくんは特別当てはまらなかった。なぜそんな噂が広まったのかというと、多分「〇〇(自分)は幼稚園に好きな子いないの?」と、親か先生かなんかに聞かれた時に、好きな子がいるのが普通の子供なんだ、と思いこみ適当に「Sくん」と答えたんだと思う。だとしたらSくんにかなり申し訳なかった。(因みにそのSくんとは小学校が離れ中学校で再会したがSくんが当時のことを覚えているような雰囲気は全くなかった。)自分が今になって、幼稚園の頃の「テキトーに作り上げた好きな人」とのことを何故にこんなに覚えてるのかと聞かれたら、多分昔から人に興味が無く 人と関わってこなかったから、こういうつまらない出来事を「思い出」とか「初恋」といって時々思い出しているからだと思う。覚えているのは多分自分だけ。(苦笑い)

次に小学2年の時。隣のクラス(2組)に小柄の女の子Aちゃんがいた。高めのツインテールが特徴で性格は大人しめだった。初めてコミュニケーションをとったのは小学2年のある日。その子は休み時間になるとよく、仲のいい女の子達と校庭にある鉄棒のあたりで遊んでいた。自分は彼女と別のクラス(1組)だったのでAちゃんについては顔と名前くらいしか知らなかった。とにかく顔と名前が合致して、可愛くて、なぜか当時の自分はAちゃんの名前を見ただけで心が踊る程だった。集会の時、廊下ですれ違う時、いつもAちゃんだけが視界の中ではっきり見えていた。私は家ではよく人の顔の絵を書いたり、自由帳を破って絵本を作ったりしていたが、もちろん主人公は自分とAちゃんだった。最終的に何十冊にもなるその物語の中のように、私とAちゃんが仲良くなれることは無いと承知してはいたが、その妄想だけでも十分楽しかった。この頃から妄想癖があったんだなと思うと少し恐ろしい。ある日の休み時間、私はAちゃんに近づいて鉄棒で遊んでみた。恐らくAちゃんのクラスは次の授業が体育で、鉄棒をやるらしい。授業開始の5分前を過ぎても、何故か私は教室に戻らずにいた。

「もうすぐ授業始まるよ。 1組、教室に戻らなくていいの?」

生まれたての天使のような声が静かに響いた。なんと私の目の前に、なんの緊張感もなく、まるで友達に話しているかのように純粋な疑問をぶつけてくるAちゃんがいた。暫し私は絵本の中の世界だと錯覚した。それは狙い通りだったような、奇跡のような、不思議な情景だった。ここで素直に教室に戻ってしまったら、物語は呆気なく終わってしまう。このチャンスを逃すわけには行かない。クラスが違うため私の情報を全くと言っていいほど知らないAちゃんは、きっと私が喋っても驚かない。そう知っていた私は

「え?2組?」

と惚(とぼ)けた風に返していた。(同じクラスの人にはこんなこと言ったりできない。)この邪な返答は傍から見れば気持ちが悪く、仮に自分が男子だったら、すぐさま噂になると悟った。一瞬だけ自分が犯罪者になったような罪深い気持ちになっていた。すると、そんなことに気づく筈のない現実のAちゃんが、私のしらばっくれた演技を察知し「1組だってば!」と反射的に笑っていた。初めて心を通わせた素直な喜びと、純粋なリアクションが返ってきたことに安堵感を覚えた。そのあとのことは覚えていない。その後もただそのシーンが私の脳内で何百回も再生され続けた。案の定、次の授業に遅刻して先生に怒られたのは恥ずかしかったが、Aちゃんと話せた日は、一日中気分がウキウキしてた。家に帰ってもそのことばかり考えていた。人と話すのってこんなにウキウキするものなのか。Aちゃんと友達になれたらいいのに、と思っていた。ちなみにAちゃんとは4年次でやっと同じクラスになった。しかしその頃になると、自分は緘黙が酷くなり、学校で孤立して、結局Aちゃんと友達になることが出来なかった。残念。

同じく小学2年の時。親と近所の人達で、小規模な祭りに行った時に出くわしてしまったTくんというクラスメイトの男子。私は学校では猫をかぶっていて、特定の人以外とは話すことが出来ず、家とは全く別人のような性格だった。当時は「猫をかぶること=悪いこと」で、自分が学校では悪いことをしていると思い込んでいた。(実際は猫かぶりではなく、場面緘黙という症状だったことを後で知った)。学校では、クラスメイトから「喋ってみて」とか、「家では話せるんでしょ」など嫌になるほど問いかけられていた。皆が私を白眼視した。私は学校に居る時の私が嫌いだった。そんな私の存在を親の前で暴かれてしまったら自分の立場が無くなる。これが理由で、小学生くらいの頃は家族と一緒にショッピングモールなどに行くことを躊躇っていた。家族と居る時にクラスメイトを見つけると、反射的に心臓が爆発しそうになって、毎回急いでその場から逃げていた。無論、学校行事や授業参観なんかも同じだ。常に人目を憚っていた。本当はこの祭りにも行きたくなかったが、行きたがるのが普通の子供だ、と渋々連れていかれたのだ。だから、Tくんやクラスメイトの男子を近くで目撃してしまったこの時の心境は最悪だった。もしかしたら何かの拍子で陽気な性格のTくんが、親の前で「私が嫌いな私」についてさらっと喋ってしまうのではいかと不安が募り、喉が詰まりそうになった。しかし、意外にもTくんは'よくできた'子供だった。私を見つけても、私の親と話しても、この地雷に触れてくることはなかった。親や近所の人に暴いたりはしなかった。それどころか、学校でほかの女子達に接しているような、(いい意味で)粗雑な態度で私に接してくれた。親の前で悪事を働かせ、自分に注目を集めるのに夢中になっていた。特別私に触れてこなかったところは、単純に興味がなかったのか、優しさなのかわからない。恐らく単純に興味がなかったのだと思う。でも当時は、そんなTくんを優しい人だと思っていた。気づくとクラスの数名がTくんの周りに集まり、鬼ごっこが始まっていた。私が祭りで買っていた「吹き戻し」という玩具を使って。記憶がぼんやりしているが、確かそこで私も一緒に遊んでいた気がする。その時自分が喋れていたかは忘れたが、沢山笑えていたとは思う。こんなこと小学生の子供であればよくある日常なんだと思う。しかし、私にとっては学校で出来ないことが出来た特別な時間、大袈裟に言うと夢のようで幸せな時間だったと思う。それから学校でTくんを気にかけるようになった。席替えで隣の席になった時は心の中でガッツポーズをしてた。これは、あの祭りでの出来事があった日から一過性の感情で、高学年になる頃にはどうでもよくなってたな。

小学4年の頃。3つ下の学年に、おとぎ話に出てきそうな可愛い女の子がいた。低学年の頃のAちゃんを彷彿とさせるその子に、気づくと一目惚れしていた。その子が視界に入るといつも目で追ったり、一時期は髪型や服装などを真似したりしたこともある。とにかく彼女のようになりたくて仕方なかった。しかし高学年になった私はそんな純粋な欲求では満足出来ず、実際に彼女のものを盗んでしまいたいとまで思ったこともある。家に連れて帰ってしまいたいと思ったり、宿題もそっちのけで毒気のある絵を描いたりしていた。勉強机の鍵がかかっている引き出しに妄想の紙片が溜まって行った。これ以上思い出すと余計に自分の惨めさを再認識してしまう気がするので割愛。

 

人は人に興味を持つことから始まり、話しかけて、遊んで、仲良くなって、友達になっていくんだと思う。でも私は実際に、子供の頃興味を持った人と友達になれた試しは一度もない。なんなら話しかけることが出来たこともない。

それでも小学校の頃は、わりと他人に興味があったのだと思う。公立の中学に入って少しでも多くの友達を作りたいと思っていたが、結局誰とも話せず友達はできなかった。初めのうちは話しかけてくれる子や、手を差し伸べてくれる子がいても、喋れないためにその期待を裏切ってばかりだった。性別関係なく友達がほしくて仕方なかった。中学生になると周りに幾つかのカップルが出来たりしていた。恋人ができる人は積極的に感情を吐き出せる人、中には他人の欠点を馬鹿にしたり囃し立てたりするようなタイプの人が多かった。そういう人達を見ているうちに、自分には叶えられるようなものでは無いと絶望を感じた。自分はただ興味がある人を静かに見ているのが一番しっくり来た。

 

この頃から高校デビューという言葉が私の中で流行っていた。それは必ず成功するものだと思い込んでいた。そのため、高校生という肩書きが貰えることに期待しすぎていたところもあった。しかし私の人生はそう上手く進むものではなかった。小学生の頃から夢に見ていた「平凡な女子高校生」としての生活は幻に終わった。

期待していた高校の入学式、身体がカチカチになり、思考までもが鈍くなっていた自分を暫くの間受け入れられなかった。何も考えずに現実を否定することでしか、精神衛生を保てなかった。中学までと同様に友達を作ることが出来ないと確信してから、先の見えない、長い、暗い生活が始まった。そんな毎日の中で、世間のカップルを見て楽しそうだ、羨ましいと思ったことは飽きるほどある。しかし友達も作れない自分が自分のままそのようになりたいなどと思ったことは一度も無い。

ここでひとつ黒歴史を語る。高三の終わり頃、同じ理数クラスだった男子kくんからメアドを聞かれたことがある。kくんは少しナルシストが入っており自称「理系一頭がいい」男子で、いつも地味な男子達と、数学の話で盛り上がっているような人だった。時々二次元の話なんかもしていた。教室は狭く、私の周りの席はほとんど男子だったので身動きが取れない地獄のような休み時間だった。いつも通り退屈な昼休みを過ごしていたある日のことだった。クラスの女子達が遠くの方で仲良く弁当を食べている中、私はその話声に聞き耳を立てながら窓際の席で勉強か読書かなんかして時間を潰していた(体勢だけ)。それは11月の半ば、1度も話したことがなかったkくんが、いきなり私の席の前に来て、私の名前を不自然に3回くらい呼んだ。そして分かりやすい深呼吸をしたあと、「メアドを交換してほしい」と言った。私はkくんの顔を正面から初めて見た気がした。彼の目には、状況を理解できずに戸惑っている私が映っていたであろう。彼はそんなことお構い無しに「ねえ、メアド」と言って、優しい表情で私を見つめていた。

私は余計な視線を避けたいがために、兎にも角にもこの状況を終わらせたいと、よく分からないままメアドを教えた。帰宅してからkくんから早速メールが届いた。思いの外フレンドリーな文面で、「一応名前教えておくね」 と名前を教えられることからはじまった。私は比較的人の名前に興味があり、クラスメイトの名前くらい把握していた。もちろん彼の名前もとっくに知っていたため軽い不信感を抱いた。ぎこちなく送受信を繰り返した末、「一緒にご飯に行きませんか?」と誘われた。昼休み、食事もせず一人で着席している私を、彼はどのように見ていただろうか、彼にどう接するべきなのか、いずれは彼を落胆させてしまうだろうという様々な不安と自己嫌悪でその日は疲弊しながらも、断る理由が無く承諾していた。

翌日、約束通り駅前のファミリーレストランに入った。教室の外で、同じ制服を着た人と同じ空間にいることがなんだか不思議に思えた。彼は、私の目の前で美味しそうにご飯を食べながら、過去の人間関係とか恋愛事情などを話していた。その話には意外な人の名前が沢山出てきた。夢を見ているような気がした。私の知らない所であんな人やこんな人が色んな人間関係をしているんだなと、その時初めて知った。人と食事をするのに慣れていない私は、彼の話を聞きながら、ひたすら不自然な動きをしないようにと全神経を働かせ、目の前のピザを切り分けていた。私がピザを切り終わった頃には、kくんは既にハンバーグ定食を間食していた。決して彼が食べるのが早かった訳では無い。結局私はあまり食べられずに、半分以上を彼に食べてもらうことになった。そのせいか、「俺が全部出すよ」と、kくんは当たり前のように1人で先にお会計をしてしまった。お礼を言うタイミングが掴めず、言えなかったのが心残りだった。そんなこと忘れたかのように、kくんは次の日も一緒に帰ってくれた。冷たい木枯らしが吹く日、目立たない地味なマフラーを身につけるので精一杯だった私と、高そうなコートを羽織るkくんが、2日間も一緒に帰っているのが何だか不自然だった。その日のkくんは哲学的な話を聞かせてくれた。彼の話はやはり興味深く、出来るものなら私も反応をして、話を膨らませてみたかったが、感情を表に出すことに慣れていなかったため頷くことしか出来なかった。そして、申し訳なさそうに彼も黙ってしまった。

人影の少ない通りに入った時、kくんは急に真剣な表情になり「もしよかったら、俺と付き合わない?」と言いだした。意外だった。というのは、彼は一年生の頃から'ガリ勉'で有名で、失礼ながら'勉強が恋人'なんだと思っていたからだ。私は私で、kくんとは裏腹に成績は常に最下位に近く(2年の頃は成績が悪すぎて留年の危機に陥ったこともある)、見た目も中身も何もかも落ちこぼれと言ってもいい人間だったからだ。何かの間違いであると思い、曖昧な返事しか出来ない私に、そのあともしつこく言い続けてきたkくんを見ていて、彼は私と違い心が強く、軸のある人間なんだと思った。実は、kくんも中学の頃は、私と同じように学校では無口だったらしい。「ある時、堪忍袋の緒が切れたように話せるようになった」と笑いながら話していた。私の少し前を歩きながら、ちょくちょくこちらを振り向き、生存確認をしてくる様子から、私を1人の人間として認識してくれているのが伝わり嬉しくなった。しかし私自身、自意識過剰にも、学校では地味で無口というイメージが浸透しているという思い込みが激しく、「このイメージを崩してよいのか」「彼に変なストレスを与えるのではないか」と、彼に心を開く気にはなれず、無言を貫くことしか出来なかった。駅に着いた時、唐突に「付き合ってくれないと帰さない」と冗談交じりに言われた。私は誰かと長時間一緒にいるということに慣れていなかったせいか、心身の緊張が限界に近づいていた。この緊張から一刻も早く解放されたかったので、私は現実を受け止められないままkくんと付き合うことになった。それまでは同級生達が集団で楽しそうに帰る中を毎日一人で帰っていたが、kくんがたまに一緒に返ってくれるのは新鮮だった。学校帰りに小規模な動物園に連れて行って貰ったこともある。しかしどうしても「誰かからみた自分」という存在ばかりが気になって仕方なかった。駅で仲良く手を繋ぎながら歩く他校の男女を見かけては、その幸福に満ちたオーラに打ちのめされた。それから私は「恋人がいる自分」という自意識を持つことに拒絶反応を起こし続けた。そんな馬鹿みたいな人間に、kくんはくだらないメールを画像付きで送ったり、電話をかけたりしてくれていたのだが、私は甘えることを拒み彼からのメールには殆ど返信せず電話も出なかった。結局一ヶ月後に「受験もあるしお互い重荷になるだけだから別れましょう」とメールが来て別れる形になった。その時の「分かりました」という返事だけは無意識に早く送ってしまった。人生に絶望しかけて、自分の感情や外界からの刺激を遮断するクセが強くなっていた時期と重なっていたのもあったと思う。本気だったkくんに対して非常に申し訳ないことをしたなぁと思いつつ、今では何も無かったことにしてる。

結局、卒業式の日にクラスの人が友達と最後の言葉を交わしたり写真を撮ったりする中、一人でその場から逃げるように帰ろうとした私に「さようなら」とひとこと話しかけてくれたのもkくんだけだった。

常に私の視界は平面的で、孤独感は拭えない。人間に無関心な自分といても、多分誰も幸せになれない。そういう自意識に目覚めてしまってから同性にも異性にも無関心になっていった気がする。もはや邪念と卑屈に塗れてしまい純粋な心というものが分からなくなってしまった。恋心というものを頭で考え始めてしまったら終わりなんだなと。

 

そういえば最近「サピオセクシャル」っていう概念を知ったのですが、どちらかと言えば今はこれに近い気がしてます。これについては…特に書きません。

 

最後まで読んで下さりありがとうございます。

言い忘れてましたが、このブログはフィクションです。