自己満ブログ

死神に取り憑かれた何か

2011年の振り返り

当時中三だった私は、まだスマートフォンを持っていなかった。その時期、「うごくメモ帳」というニンテンドーDSIのサービスを日記代わりに使っていた事がある。

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ある日このDSIのカメラを使って、窓掃除のbefore & after 的な写真を撮ったのがきっかけで、その年から窓掃除をする度にDSIカメラを起動し、特に目的もなくbefore & afterを撮るようになっていた。今年も態々充電器を探し出してまで撮りました。

 

 

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掃除が終わり暇だったため、少し過去の日記を読んでみた。今と変わらず拙い文で、その日その日の出来事や感情などを殴り書きしているだけだった。読んでいて今の私と違うと思ったのは、当時は思春期というのもあってか感情が豊かだったことと、思ったことをそれなりの表現の仕方で素直に書き記せていたことだった。今はどちらかといえば見た目だとか形式ばかり拘ってしまい、素直に文章を書くのが苦手になっていた。

 

2011年の正月、中学二年の終わり頃はルービックキューブにハマっていたらしい。漢検を初めて受けたのもこの頃だった。しっかり計画を立てて、しかも夢中になって勉強出来ていた。この頃の自分はまだ偉かった。忙しくて多少イライラしていたっぽいが。

2月はドラマにハマっていたそうだ。ある日さわやか相談室に行った時、カウンセラーの先生に「なんのドラマを見ているの?」と聞かれ、少し闇の深いドラマの名前(実際に好きでハマっていたので)を言ったら、反応に困ったのか苦笑いをされたのを思い出した。

3月は、新しいクラスがどうなるのかドキドキワクワクしていた。ある休み時間にクラスの男子が私の机に座ってたりすると、担任の先生が私を気遣って、その男子を大声で叱ったので、なんとなく居心地が悪かった。自己嫌悪が激しかった。

3月11日の昼過ぎに大きな地震が発生した。帰りの会の開始時だった。私は大きくても震度4位しか体験したことがなかったので当時は少し怖かった。特に家に帰ってテレビをつけて東北の悲惨な映像を見た時の衝撃は今でも覚えている。

生暖かい4月、クラス替えをしたときになんとなく雰囲気に違和感があった。受験生ということもあり勉強へのプレッシャーが多少あった。

5月はとにかくボーッとして過ごしていた。部活も殆どサボっていた。新一年生に元気な子達が入ってきたのが気に入らなかったのかもしれない。

6月にようやく部活を引退した。ひとつ重荷が減り、気分も次第に穏やかになっていった。

"部活動では特に「忍耐力を学んだ」"

と書いてある。最後には

"終わりがあるものって最初から大切にしておいた方が良いと思う。その方が後になって絶対後悔しないと思った。"

などと綺麗にまとめている。

夏休みの最初の方は涼しくイイ感じに勉強を進められていたが、後半はやる気がなくなり半日くらい寝ていた日もあったらしい。

9月の体育祭、クラスの輪に入ることは出来なかったが、「団結力」やら「感謝」について煩く語っていた。

10月の合唱祭は、結果に納得出来なかったらしい。個人的には他クラスの曲が気に入っていたので、自分のクラスが優勝したという結果に不満だったらしい。ろくに歌ってもない奴が何言ってんだ。って感じだ。

11月から12月頃は自己嫌悪が激しく体調を崩すことが多かった。不登校にもなりかけていたらしい。覚えてないが。

"過去は変えられないんだし、いつまでも執着してたって変われないだけ。だから、決めたことはきちんとやって、いつも前向きでいられるようにする!!絶対、後悔しないと思うから。"

中三の今頃の言葉。何を根拠に言っているのか全くわからない。

日記を読んでると、この頃からインターネットで何とかして同級生のブログやらTwitterやらを覗いている相変わらず暇人な自分が蘇ってきた。友達がいない割には、誰が何を言っていたとか、何をしていたとか、他人の言動を全て吸収して馬鹿みたいに妄想を膨らませていた。今ここに流れている時間ではなく、今この瞬間ここではない何処かの誰かの元に流れている時間のことばかり気にしていた。とにかく他人のことしか頭になかった。他人の文章、使う絵文字、全て真似をしていた。他人になりたくてなりたくて仕方なかったのだろうか。

2011年の今頃、私でない誰かは『彼氏をつくる』という目標を決めていた。『1人でも多くの人にありがとうと言われる』という人もいた。それを見て、私は私なりに『前向き主義』という目標を立てていた。

"高校になったら何部に入ろうかな?

自分とは縁がなさそうなバスケ部とか?

カッコイイし。それか、体力つけるためにテニスとか、陸上とか。

なんでもいいや。そして入ったら本気でやる!"

と。

この頃から未来に期待する自分になっていた。周囲の人にも期待していた。

結果的に期待が叶うことはなかった。

それでも未来に、周囲に期待し続けた。

それは今でも全く変わっていない。

 

"2012年になったら、見栄を張る(べつに張りたいわけじゃないし、そんなつもりでもない)自分とはさっさと別れて、、。誘惑に負けず、堂々とする。"

 

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2012年の目標。

 

「2012年になったら」どころか2018年もこれが実現することは無かった。

2019年はどうだろうか?